3-5. 訓練

*  迷宮  *


 エリカとパーティを組むことになった後、三人で迷宮へ向かった。


 私は治療室で目を覚ましたから時間の感覚が曖昧だったが、どうやら丸一日寝ていたらしい。このため、協会を出たのは普段の出発と大して変わらない時間帯だった。


 今日の目的は先日と変わらない。

 スキルに慣れること。ベテラン冒険者であるエリカから何か助言を得ること。


 道中、レイアは先日以上に密着していた。

 エリカから突き刺さるような視線を感じ続けたのは、間違いなくレイアのせいだ。


 さておき、黒いツギハギについて。

 迷宮へ行けば再び遭遇するのではないかと危惧したが、どうやら30分も放置すれば姿を消すらしい。また過去に逃げ延びた冒険者についても、連続で遭遇した事例は一度も無いそうだ。


 安心できるわけではないが、それほど恐れる必要もない。そんな結論になった。


 ルームに到着した。

 スキルを見せた結果、エリカは言った。


「……はは、凄まじいな」


 兜のせいで表情は見えない。

 しかし、表情が引き攣っているのであろうことが分かる声だった。


 スキルについては事前に説明してある。

 恐らくそれを踏まえた上で彼女は言った。


「クド、スキルの発動条件は強い信頼関係だったな?」


「ああ、その通りだ」


「人数に制限はあるのか?」


「無い……と思われる」


「素晴らしい! 是非、私とも信頼関係を築こう! 私は君を信頼しているつもりだが、まだ発動していないということは、君に信頼されていないということかな?」


「それは……」


 私はスキルが発動した直前の出来事を思い出す。

 

「信頼という言葉の意味が、一般的な認識とは違うのかもしれない」


「むむ? どういう意味だ?」


「寝たのよ」


 レイアが口を挟む。


「同じベッドで。裸で一緒に」


「んな!? そうなのか!?」


 私は一度、壁に体重を預けた。

 

「……ああ、そうだ」


 そして悩んだ末に同意した。

 私の感性では、このような会話は品性が欠けていると感じる。しかし迷宮都市では私の常識が通用しない。ならば私の方が順応するべきだ。


「なるほど……」


 エリカは納得した様子で言う。


「信頼とは、性交渉だったのか」


 違うと思う。


「クド!」


 私は会話が得意ではない。

 しかし、今回ばかりは何を言われるのか事前に分かった。


「今晩、どうだろうか」


 それは、私の中でエリカの第一印象が砕け散った瞬間だった。


「案ずるな。避妊薬は私の方で用意する」


「待ちなさい」


 鋭く口を挟んだのはレイア。

 私は期待を込めて彼女を見る。


「避妊薬の話、詳しく聞かせなさい」


「その名の通り、妊娠を防ぐ薬だが?」


「耳を貸しなさい」


 私は虚空を見つめた。

 ちょうど視線の先に新たなツギハギ。


 色は青。

 手元にある小石を拾って、投げつける。


 小石は程良くツギハギを貫通して、軽く壁にぶつかったところで地面に落ちた。


(……そうか。これくらいの力加減か)


 そして何とも言えない成果を得た。


「値段か? 時期に寄るが、ひとつ5万マリ程度だったはずだ」


 エリカの声が聞こえた。


「ところで避妊薬を知らないということは、まさか……む、なに? 実はまだ? そうか分かった。取引に応じよう」


 私は何も聞かなかったことにした。


 その後。

 私達は真剣にスキルと向き合った。

 

「一歩が大きい。まずはスキルが無い時と同じ感覚になるまで力を制限しろ」


 エリカの助言は的確だった。

 直前の言動により消えた威厳が蘇る程だ。


「本当に素晴らしい。私は能力向上【大】に相当する加護を持っているが、レイアの動きは時たま目で追えない。鍛錬すれば、直ぐにでも上層で通用するはずだ」


 スキルの客観的な評価もありがたい。

 べつに何か変わるわけではないが、現在地が分かることで気持ちが楽になる。


「うむ。今日は終わりにしよう。あと二日もすれば、スキルを制御できるだろう」


 こうして一日目の訓練は特に苦労することもなく順調に終わった。


 むしろ苦労することになるのは、訓練の後なのだと、この時の私は知らなかった。

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