3-3. 剣鎧の女戦士

 夢を見ていた気がする。


 内容は覚えていない。

 ただ、感情だけは鮮明に残っている。


 憎い。許せない。

 私を虐げた者達を、すべて、この世から消し去りたい。肉片ひとつ残してはならない。


 灼熱の炎は他の感情を焼き殺し、ひたすらにスッキリとした目覚めを与えた。


 さあ、今すぐに始めよう。


 一才の疑問を抱かず「復讐」を始めようとした私は、目を開いた瞬間、我に返った。


「……良かった」


 レイアが私を見ていた。

 その宝石のような蒼い瞳を見ただけで、私の中にあった憎悪が綺麗さっぱり浄化された。


「……良かった」


 彼女は声を私の腕に額を押し当てた。

 触れ合った部分から震えが伝わってくる。

 

 私はとても申し訳ない気持ちになった。

 だから空いている方の手で彼女の肩に触れ、謝罪した。


「すまない。心配をかけた」


 それから現状を確かめるべく周囲を見る。


 宿に似ているが、少し違う。

 私はベッドの上で寝ており、周囲はひらひらとした白い布の壁に囲まれている。


「冒険者協会の治癒室よ」


 レイアが言った。


「負傷したご主人さまを運び込んだら、あのフィーネって女が案内してくれたわ。治療もしてくれたけど、大丈夫? 痛いとか、苦しいとか、残ってない?」


「……ああ、おかげで昨日よりも元気だ」


 思い出した。

 私は他の冒険者に刺され、毒によって身動きひとつ不可能になった。その後は黒いツギハギが現れ、レイアに抱えられて逃亡したのだった。途中で意識を失ったが、今は一切の苦痛が残っておらず、身体も自由に動かせる。


「ありがとう。レイアが居なければ、私の命は今日までだったかもしれない」


「感謝の言葉なんて、いらないわよ」


 レイアは顔を上げた。

 そして目元を腕で拭って私を見る。


「ご褒美は行動で示して」


「……褒美、か」


「そうよ。良いご主人さまは、良い働きをした奴隷にご褒美を与えるものでしょう」


 レイアの言葉は正しい。

 しかし、何を与えるべきか。


 思案しながら彼女を見ていると、薄桃色の唇に目を吸い寄せられた。


(……違う。今は褒美を考えねば)


 思考を正常化するため唇を噛むと、レイアが何かに気が付いた様子で目を閉じて、顎を突き出した。


「おほんっ、ごほんっ、げほんっ」


 別の誰かの声に目を向ける。

 フィーネが何やら不機嫌そうな顔をして立っていた。


「お時間、良いですか?」



 *  *  *



「他の冒険者に襲われたァ!?」


 フィーネは私の説明を聞く度、大袈裟な反応をした。


「黒いツギハギが出たァ!?」


「うるさいわね。ご主人さまの傷口が開いたらどうするのよ」


「あんな軽傷、ポーションかけとけば治りますよ!」


 レイアが指摘すると、フィーネは余計に興奮した様子で言う。


「それより黒って本当なんですか!? なんで生きてるんですか!?」


「途方もなく失礼な女ね。ご主人さま、許可をください」


「レイア、少し落ち着きなさい」


 何の許可を求められたのかは、あえて聞かないでおこう。


 その後、あらためて詳細を説明する。

 興奮していたフィーネだが、今度は冷静に聞いてくれた。


「……本当に、よく生きてましたね」


 話が終わった後、フィーネは青ざめた表情で言った。


「申し訳ない。以前、最近の冒険者は荒れていると警告されたのに、油断した」


「ああいえ、そっちも大変なんですけど、それよりも……」


 フィーネは深刻な様子で説明を始めた。


 この迷宮都市には千年以上の歴史がある。

 しかし、黒いツギハギの存在が報告されたのは二百年ほど前であるそうだ。


 理由は分からない。

 過去に出会った冒険者が全て死亡したのか、あるいは迷宮に変化があったのか。


 とにかく黒いツギハギには謎が多い。

 ただひとつ明らかなのは、その危険度である。


 かつて上層を突破した八人の冒険者が黒いツギハギと遭遇した。


 五名が死亡。二名が心神喪失。

 残った一名は軽傷だったものの、冒険者を引退したそうだ。


「お二人の生還は奇跡としか言えません」


 私は身体が冷たくなるのを感じた。

 あの冒険者達に襲われたことは不幸だった。

 だが、もしもあの二人が黒いツギハギの注意を惹かなければ、今頃は……。


「切り替えましょう! 生きてて良かった! それでこの話は終わりです!」


 フィーネは笑顔を作り、パンと手を叩いて言った。


「終わらないです!」


「……どっちなのよ」


 レイアが呟いた。

 私は困った末、苦笑した。


「やはり新人だけで迷宮へ行かせたのは間違いでした。今は時期が悪過ぎます」


「勧めたのあんたじゃない」


「ごめんなさい~!」


 レイアに厳しい言葉をかけられ、フィーネは涙目になって言った。


「責任を取ります! 一緒に案内人ガイドを探しましょう!」


 ──案内人ガイド

 新人冒険者を世話をしてくれるベテラン冒険者のこと。


 通常の場合は高い報酬が必要となる。

 しかし、とある条件を満たすことで格安となる。


 例えば、ベテラン冒険者が新しい仲間を求めていること。

 いずれ共に迷宮へ挑む者を育成する目的であれば、むしろ案内人の方が報酬を提示して話を持ち掛けることもあるそうだ。


 かくして、私達は大広間と呼ばれる冒険者が集まる場所に移動した。



 *  大広間  *



 本当に広い空間だった。

 ざっと見渡すだけでも百を超える人の姿がある。


 空間の半分は食事処になっているようで、非常に賑わっている。

 もう半分には巨大な掲示板がひとつある。ここには仕事の依頼などの有益な情報が集まるため、言葉を選ばなければ暇な冒険者が訪れるそうだ。


 ここで案内人ガイドを探す。

 方法は非常に単純で、案内人募集と書いた紙を持って立つだけ。


「まぁ、そんな都合よく現れないですけどね」


「あんた職員でしょ? コネとか握ってる弱味とか無いわけ?」


「新人職員にそんなこと期待しないでください」


「……っ」


「あー! 舌打ちしましたね!?」


 レイアとフィーネが仲良くなったようで何よりだ。

 私は緊張感の無い会話に妙な安心感を覚えながら、次々と前を通り過ぎる冒険者達を見た。


 このようにしっかりと他の冒険者を見るのは初めてだが、想像したよりも軽装の者が多かった。武器の方は様々な種類があるけれど、防具の方は手足の関節に小さな鎧を着けただけの者が多い。何か理由があるのだろうか?


 さておき案内人に興味がある者は少ないようだ。フィーネの前を通った者も、彼女が手に持った紙を一瞥するだけで、足を止めることは無い。


(……ん?)


 真っ白な鎧に包まれた人物が見えた。

 この場においては明らかに異質で、目立っていた。


 鎧の人物は真っ直ぐに近付いてきた。

 そしてフィーネの前に立ち、私とレイアを交互に見た。


(……何だ?)


 背丈はそれほど大きくない。

 しかし、胸の位置に剣の絵が刻まれた純白の全身鎧には威圧感がある。


「あなた、まさか……っ!」


 声を出したのはフィーネ。

 彼女は鎧の人物を見ると、とても驚いた様子で言った。


剣鎧の女戦士ナグ・ダ・ハシーブ!」

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