Side:強者の奢り

「エドワード、あなたも悪い男よねぇ~」


 ──クドが船から落とされた後。

 ソフィアとエドワードは、同じ席で食事をしていた。


 二人は姉弟だが母親が違う。

 このため生まれた年は同じであるものの、数日だけソフィアの方が早い。


「君にだけは言われたくない」


「何それ。ひっどーい」


 悲しい事故が起きた。

 それは「即座に」周知され、船は帰国を始めた。


「でも、ソフィア今日は気分が良いから許してあげる」


 彼女は心底嬉しそうな様子で言うと、手元にあるティーカップを掴み、甘い紅茶を口に入れた。


 その姿を冷めた目で見ながら、エドワードは溜息まじりに言う。


「君達は、どうして彼を虐げる?」


「醜いからですわ。他に理由が必要?」


「まったく、理解に苦しむよ」


「それはソフィアのセリフですわ」


 エドワードは言葉の意図が分からずソフィアの目を見た。

 彼女は微かな圧を感じる。それを溜息と共に吐き出して、微かに引き攣った笑みを浮かべながら質問に答えた。


「あなた、あれだけ黒豚ちゃんに優しくしていたのに、なぜ涙のひとつも流さないんですの?」


 エドワードは不思議そうな顔をして、首を傾けながら返事をした。


「泣くことで、僕に何かメリットがあるのかい?」


 ──つまり、そういうことだった。

 エドワードだけがクドに優しく接していることを王室の者は知っていた。しかし、その理由は誰も知らないし、興味が無かった。


 だからソフィアは、このとき初めて理解した。


「残念でしたわね」


「ああ、本当に残念だよ」


 何が、とは言わなかった。

 それはソフィアが「クドとエドワードの最後の会話」を聞いていたからである。


 彼女には王族として十分な教養がある。

 そして頭も切れる。だから、今の会話で十分だった。


 ──故に。賢過ぎるが故に、気が付かない。


「さて、後のことを考えようか」


「あら? お姉さま達が処理しているはずですわよ?」


 二人は食事を続けながら会話する。


「クドの引継ぎさ。アレはアレで、重要な仕事をしていた」


「その辺の奴隷にでも任せれば良いのではなくって?」


「能力的には十分だね。しかし知識が無い。僕もうっかりしていたのだけど、今この瞬間まで、クドから聞き出すことを忘れていた」


「まぁ、それは大変ですわね。一体、何に気を取られたのでしょうか」


 ──それは、強者の奢りだった。

 優れた能力を持って生まれ、大きな失敗を知らず、順風満帆であったが故の過ち。


「しばらく、忙しくなりそうだ」


 その言葉もまた、正しかった。


「あの醜い黒豚が消えたことを思えば、むしろプラスですわ」


 二人は知らない。

 クォディケイドという存在について、何ひとつ知らないのだった。

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