2.契約

2-1. 隷属魔法

 隷属魔法。

 これは、私の国には無かった。


 この魔法は双方の合意に基づいて行使される。

 契約時に「要求」を述べ、奴隷は合意した内容を拒否できなくなる。もちろん主人も奴隷の要求を聞き入れる必要があり、契約の不履行と判断された場合には、魔法の効果が解除される。


 一見、対等な条件だが、そうではない。

 奴隷の場合は「問答無用」で行動を制限される。一方で主人の場合は、三回までの警告を受けることができる。逆に言えば、三回は約束を破れるということだ。


 私は疑問に思った。

 なぜ、このような魔法が必要なのだろう。


「迷宮です」

 

 魔物を倒した時、人は成長する。

 迷宮において、奴隷は強くなり過ぎる。


 だから隷属魔法が必要なのだと上機嫌な奴隷商人が教えてくれた。

 裏を返せば、隷属魔法が登場する以前には下剋上が問題になっていたのだろう。


 説明の後、契約が行われた。

 私はふたつの要求を伝えた。


 ひとつは迷宮で共に戦うこと。

 もうひとつは、私の復讐を手伝うこと。


 レイアは「可能な限り協力する」と答え、私は合意した。


「愛を教えて」


 一方で彼女の要求は、ひとつだけだった。


「可能な限り、努力する」


「信用できない」


 彼女は合意してくれなかった。

 自分なりに最も良い回答をしたつもりだったが、どうやら彼女は疑り深いらしい。


「お前ッ、この機を逃せば家畜──」


 私は憤慨する奴隷商人の口を手で塞ぎ、彼女に目を合わせて言った。


「どうすれば、信用して貰えるのだろうか?」


 彼女は唇を結び、微かに頬を赤らめて私を見た。

 私が初めて目にする態度に戸惑っていると、彼女は目線を逸らして呟くような声で言った。


「キスしなさい。今、この場で」


 私は面食らってしまった。

 理由はふたつある。ひとつは経験が無いこと。もうひとつは、このような美しい少女の唇を、私などが奪っても良いのかと思ってしまったことだ。


「もちろん、舌を入れるやつよ」


 さらに難易度が上がり、今度は私が頬を赤らめる番となった。もちろん実際に赤くなっていたのかは不明だが、もしも鏡があれば、見たことの無い自分の姿が目に映ったのだろう。


「……何秒だ?」


「難病? 見ての通り健康体なんだけど」


「どれだけの時間、舌を入れれば良いのかと聞いた」


 彼女は逸らしていた目を正面に戻す。

 それから私をジッと見て、急に慌てたような様子で言った。


「……本気?」


「……無論だ」


 私は腹に力を込め、どうにか声が震えないようにした。

 

 見つめ合う。沈黙が生まれる。

 時が経つ度、胸の鼓動が大きくなる。


「……冗談よ」


 やがて、彼女は俯きながら小さな声で言った。


「良いのか?」


 私は緊張と安堵が程よく混ざり合ったような感情を胸に、問いかける。


 彼女は息を整えるように呼吸をする。

 それから顔を上げて、かなりの早口で言った。


「もちろんよ! 私の初めては一生を捧げても良いと思える相手と綺麗なベッドの上で愛を囁き合った後にどちらからともなく唇を重ね互いを求め合った後そのまま自然な流れで体液の重なる位置を下へ移行させ一晩中愛し合う形にするって決めてるんだから! ……あっ」


 ──その後、隷属魔法が行使された。


 彼女の名誉を守るため、一言だけ述べる。

 私は、想像したよりも愉快な性格をしているのだなと、そう思った。

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