1-5. 美醜逆転
あまりにも美しい少女だった。
白い肌、金色の髪、そして蒼い瞳。顔には傷どころかシミひとつ見当たらない。
長い睫毛の下にある二重の目が、じっと私を値踏みするように見ている。ただそれだけで、私は心臓の鼓動が早まるのを感じた。
ありえない。
この少女ならば、城が立つ程の値がついても不思議ではない。
「……い、如何ですかな?」
彼は引き攣った笑顔で言った。
その態度は直前までと変わらない。
──強い違和感があった。
彼の態度が、おかしい。
あの美しい少女を醜いと嫌悪して、醜い私に対しては友好的な態度を見せている。
「ひとつ、聞かせてくれ」
「なんでも仰ってください」
「私の容姿について、どう思う?」
「それはもう! 素晴らしいと思います!」
「世辞はいらん。正直に申せ」
「本心でございます! あなた様のような美男子、目にしたことがありません!」
違和感が強くなる。
私は床に膝を付け、彼女の目を見た。
「言葉は分かるか?」
彼女は頷いた。
「私はあなたを買おうとしている」
彼女は目を見開いた。
私は背後から聞こえる「真にございますか!?」という騒がしい声を無視して、彼女にだけ問いかける。
「嫌なら首を左右に振ってくれ」
彼女はゆっくりと桜色の唇を開き、しかし私を警戒するような声色で言った。
「……嫌じゃないわよ」
「こんなにも醜い男に買われるのだぞ?」
彼女は微かに目を細め、不愉快そうな表情をする。
「逆に聞くけど、あなた私を抱けるのかしら」
「……今、なんと言った?」
「私とセックスできるのかって聞いたのよ」
「……?」
「交尾。情交。まぐわい。なんでもいいわ。そこにぶら下がってるモノで私を気持ち良くできるのかって聞いているの」
「……はは、からかっているのか?」
私がどうにか笑顔を保って問いかけると、彼女は失望した様子で溜息を吐いた。
「本気よ。その為に奴隷になったんだから」
私は返すべき言葉が分からず、背後の商人に顔を向けた。
「どういうことだ?」
「それは、その、聞かれなかったもので……しかし、見ての通り健康な若者です! 10万マリならお値打ちかと!」
「そんなことは聞いておらぬ」
「ひぃっ、申し訳ありません!」
会話が噛み合わない。
私は苛立ちを感じながら再び彼に問う。
「抱かれるため奴隷になったとは、どういうことなのかと聞いている」
「そっ、それは……」
彼は言い淀む。
数秒後、不意に背後から溜息が聞こえた。
「私が醜いからよ」
「……なんだと?」
振り返りながら問いかける。
彼女は──どこかで見たことのあるような顔をして、つまらなそうに説明を始めた。
「あなたのような美形には分からないだろうけどね、この世の中、容姿が悪いってだけで大変なのよ」
先程から、なんなのだ。
私が美形で、この少女が醜いだと?
「私は愛されたい。でも無理なのよ。こんな顔と身体、誰も愛してくれない。だから奴隷になったの。こんな私を愛してくれる物好きが現れるかもしれないと思ったから。まあ、結果なんて分かりきっていたけどね」
私は彼女の目を見た。初見で美しいと思った輝きはどこにも無い。何もかも諦めたような荒んだ瞳だけがあった。
それはまるで、鏡を見ているかのよう──
……鏡?
ふと、引っかかる。
……そうか、そういうことか。
そして気が付いた。
命の恩人、エリカ。
世話人に立候補してくれたフィーネ。
奴隷商人の彼だってそうだ。
皆、私を見て嫌な顔ひとつしない。
どうやら私は思い違いをしていたらしい。
エリカとフィーネが頭抜けた善人で、奴隷商人などは商売人として笑顔を作っているのだと思い込んでいた。
ここは、私の祖国とは違う。
眼前の美しい少女が醜いと虐げられ、私のような男が美形と称される。
要するに──
……美醜の感覚が、真逆なのか。
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