1-4. 金貨1枚の奴隷
私の国には奴隷制度が存在した。
犯罪者、戦争に負けた国の者、身寄りの無い子供。
理由は様々だが、奴隷とは生きる術を失った者の末路である。
それは、ここでも変わらないらしい。
「10万マリだ」
だから私は真っ先に予算を伝えた。
「それ以上の金は出せない」
どれだけ質の低い奴隷でも金貨100枚の価値はある。
10万マリならば、金貨1枚。そのような捨て値で売られる奴隷など、今日か明日にでも死ぬような者だけだろう。
要するに私の言葉は取引の拒絶だった。
仲間を求めているのに、そのような者を買うわけがない。
「ふーむ。その予算では厳しいですな……」
奴隷商人は落ち込んだ様子を見せた。
大方、珍しい服を着た私を見て金を持っていると誤解したのだろう。
「当てが外れて残念だったな」
皮肉を込めた言葉を投げ、彼に背を向ける。
「お待ちください!」
「……なんだ?」
「一人だけ、おります」
「私は仲間を求めている。死にかけの者など買わぬぞ」
「いえいえ、健康そのものですとも。ただ……」
彼は商売用の笑みを浮かべながらも、その奴隷に対する嫌悪感を隠し切れない様子だった。
私は溜息を吐いた。
正直、話にならない。
「その奴隷は、とても醜いのです」
「……ほう?」
しかし私の感情は醜いという一言によって変えられてしまった。
──奴隷の名はレイア。
健康な若い女性だが、売れ残った。
迷宮都市で求められるのは戦闘能力。
どれだけ醜い奴隷でも、兜を身につければ顔など分からない。仮に戦闘能力が無いとしても、若い女性ならば別の使い道がある。
しかし彼女は売れ残った。
理由は、あまりにも容姿が醜いから。
その姿を一度でも目にすれば、例え兜と鎧で姿を隠したとしても傍には置けない。誰もが口を揃える程に醜悪なのだと彼は言った。
「しかし、予算内ではあります!」
レイアの話をする間、彼の顔には隠し切れない嫌悪感が浮かび上がっていた。それでも笑みを維持しようと努めるのは商人としての意地だろうか?
「案内しろ」
「おお! よろしいのですか!?」
「二度は言わぬ」
気分が悪い。
そのせいか、罪人に向けるような言葉遣いになってしまった。
……やはり、どこの国も変わらないのか。
私は怒りを鎮めるため、静かに呼吸を繰り返す。
「いやはや嬉しいですな。もしもあなた様に出会わなければ、明日にでも家畜の餌にしていたところですよ」
「黙って案内しろ」
「……は、はい!」
しかし怒りが鎮まる瞬間は、彼の一言によって遠のいた。
だから私は、その違和感に気が付くことができなかった。
* * *
案内されたのは想像したよりも綺麗な場所だった。
街中にある建物のひとつ。
特別な感じはしない。中身を知らなければ他の店と違いを感じることは無いだろう。
出入口を越えた先にあったのは、赤い絨毯と端まで続く一本の廊下。左手には窓、右手には別の部屋へ繋がるドアがある。
「奥へ行くほど価値の低い奴隷です」
「平均的な奴隷の価値は、いくらなのだ?」
「時期にも寄りますが、2000万マリ程度かと」
「……そうか」
もしも祖国ならば金貨200枚。
これは私の知る奴隷の相場と大差無い。
「私はここに来たばかりなのだが、10万マリを稼ぐには普通どれくらいかかるのだ?」
「日雇いの労働なら十日。冒険者様であれば三日もあれば十分かと」
「ほう? それほど安い奴隷が、どうして今日まで売れ残った?」
「最初に説明した通りであります。あまりにも醜いから、客が付かなかったのです」
「それだけか?」
「……と、仰いますと?」
「客が付かなかった理由は、本当に容姿だけなのかと聞いている」
「もちろんです! あの容姿を除けば、他の奴隷と変わりない! 本当です!」
「……そうか。それは楽しみだな」
「おお! ありがたきお言葉!」
私は激しい怒りを感じた。
奴隷売買とは、命の売買だ。
ただ容姿が醜いというだけで、ほんの数日の仕事で稼げるような値で売られるなど、許されるわけがない。
……私は、何をしているのだろう。
その奴隷を買うのか?
同情で買って、それからどうする?
解放するか?
愚か者。私の生活はどうなる。
共に迷宮へ挑むのだ。
構うものか。欠点が容姿だけならば、私と何も変わらない。むしろこれ以上は無い最高の仲間だ。
「お待たせしました」
一番奥の部屋。
彼はドアの前に立って言う。
「この部屋に居る奴隷は一人だけ。今一度、本当に醜い容姿をしていることを、ご理解頂きたい」
「もう十分に分かった。早く見せろ」
「ははっ、申し訳ありません!」
彼は珍妙な動きで謝罪をすると、ドアの前で呼吸を整えるような仕草を見せた。
……さて、どのような者が出てくるかな。
彼がドアを開いた。
その中を見た瞬間、私は息を呑んだ。
まるで牢獄だ。
大人が三人も入れば、身動きできなくなる程度の広さしかない。唯一の救いは、側面に窓があることだろうか?
膝を抱えて座り込む彼女は最初、窓の外を見ていた。しかしドアが開いたことに気が付くと、緩慢な動きでこちらを見た。
目が合った。
私は、思わず呟いた。
「この少女が、金貨1枚だと……?」
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