1-3. 迷宮都市ソマリ

 迷宮都市ソマリ。

 最大の特徴は魔物を無限に生み出す迷宮。


 人々の仕事は大きく分けて二つ。

 迷宮に潜る冒険者と、それ以外。


 私は恩人であるエリカから助言を受け、冒険者協会に足を運んだ。


 そこは冒険者の活動を支援する施設。

 迷宮に入るための資格発行、収集物の換金など、冒険者として生きるために必要なことを全て実施できる。


「開業申請ですね。手数料として10000マリ必要ですが、お持ちですか?」


 受付で職員に要件を伝えると、エリカから説明を受けた通りの返事があった。


「これを」


 私はエリカから受け取ったカードを渡す。

 この都市における金銭のやり取りは、魔法ともスキルとも違う「技術」によって作られたカードを使うことが一般的なのだそうだ。


 詳しい仕組みはエリカも知らないと言っていたが、この都市の通貨である「マリ」を出し入れしたり、身分証として使ったりできるらしい。


 一文無しだった私だが、エリカが登録料を貸してくれた。

 

 彼女は遠慮する私に「投資」と言った。

 ならば私は、たっぷりと利子を付けて返すしかあるまい。


「少々お待ちください」


 受付に立つ女性は、私から受け取ったカードを箱のような鈍色の物体に置いた。


「こちらに指先を当ててください」


 別の箱を差し出された。

 ちょうど指が嵌るような窪みがある。


 私は人差し指を伸ばし、そこに当てた。

 数秒後、二つの箱から淡い光が生まれる。


 ……これは、どういう仕組みなのだ?


 驚愕していると、不意にピコンという軽快な音が鳴った。


 思わずビクリと肩を震わせる。その反応が面白かったのか、彼女は微かに声を震わせながら事務的な説明を始めた。


「完了しました。今後、このカードを身分証として使うことができます。再発行には手数料が必要なので、気を付けてください」


「分かりました」


 私はカードを受け取る。

 

「……あの、何か?」


 彼女が指先に力を込めている。カードを渡してくれない。


「冒険者稼業は初めてですか?」


「はい」


「担当アドバイザーはお決まりですか?」


「申し訳ありません。その、あどばいざーとは、何なのでしょうか?」


 曰く、職員は新米冒険者の世話役アドバイザーを引き受けている。

 豊富な知識を元に、独り立ちするまでの支援をしてくれるそうだ。


 最適な支援方法には個人差がある。

 このため、専任のアドバイザーを選ぶのが一般的らしい。


「あたしを指名しませんか?」


「このような……」


 このような醜い男の相手をしても良いのか、という言葉を飲み込んだ。なぜなら彼女も私と同じで褐色の肌を持っていたからだ。


 私は軽く息を吸って、言い直す。


「良いのですか?」


「むしろっ、是非!」


 彼女は受付の台に身体を乗り出し、キラキラと目を輝かせて言った。


「それでは、よろしくお願いします」


「やった! あたしフィーネ。よろしく!」


 彼女は私の手を握り、子供のような笑顔を見せた。


「クドです。こちらこそ、よろしく」


 困惑しながらも返事をする。

 このような対応、受けたことが無い。


 その後、受付とは別の場所にある席に案内された。


 私は多くの質問をした。

 この都市における常識は私の知識と大きく異なる。


 何もかも、分からないことだらけだった。


 無駄なことを考える余力は無い。

 まずは明日を生きるため、最善を尽くす必要がある。


 その忙しさが、今の私にはちょうど良い。



 *  *  *



 初めての面談が終わった後、私は服屋へ向かった。

 何をするにもお金──マリが必要だと痛感したからだ。


 私の着ている服には良い素材が使われている。王室に居た頃は多少の見栄が必要だったが、今の私には必要ない。


 フィーネに相談すると店を紹介された。

 早速足を運び、腰の低い男性店主に買取を依頼する。結果、替えの服の代金を差し引いて、10万マリと少しの金が手に入った。


 宿屋に一泊するならば3000マリ。

 露店に置かれたパンの値段が50マリ。

 私の知る通貨ならば、10万マリは金貨1枚程度の価値だろうか?


 よく分からないが十分な金額だ。

 エリカに借りた分を返済しても十日は生活に困らないだろう。


「……次は、仲間か」


 服屋を出た後、私は呟いた。

 迷宮は非常に危険であり、一人ソロで挑むのは自殺行為だとフィーネが口を酸っぱくして言っていた。


 頭の痛い話だ。

 通常は協会で募集するらしいが、私のような醜い男を仲間に迎え入れたいと考える者は、そうそう現れないだろう。


 私には、人の目を見ない癖がある。

 この都市に入ってからも足元ばかり見ている。


 ずっと視線を感じている。

 それは、とても嫌な視線だ。


 この都市に住む人々も、私の容姿が醜く思えて仕方がないのだろう。


 ふと、奇跡だと思えた。


 私を救ってくれたエリカ。

 世話役を引き受けてくれたフィーネ。


 あれほど自然な笑顔を女性から向けられたのは、母以来だ。


 ……三度目の奇跡を望むのは強欲だろう。


 心の中で自嘲する。

 私は既に出会いに恵まれている。

 これ以上を望めば何か罰を受けるだろう。


「しかし、仲間は必要だ」


 それは、再び呟いた直後だった。


「おやぁ? 仲間をお探しなのですか?」


 目を向ける。

 少し低い位置。


 黒い服を来た小太りの男性が、怪しい笑みを浮かべて立っていた。


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