スマートマッスルキー

@aiba_todome

筋肉施錠

 最近スマートマッスルキーを導入した。スマホも5Gのものに替えたし、せっかくだからセキュリティも新しいものにしようと思ったのだ。

 さすがに最新なだけあって使いやすく、今やこれ無しでは不安で仕方ない。


 日曜なので買い物にでも行こうと玄関に行く。ドアの前には8気筒でも乗っかってそうなマッチョがいた。

 ドアを開けて、閉める。鍵がかかっているか確かめるため、軽くドアノブをひねってみた。


「ふんっっっっ!!!」


 マッチョのマッスルパワーが加わり、びくともしない。

 新しいものを買うとつい試したくなる。しかし物理的な鍵がいらないのは本当に便利だ。かけ忘れの心配もない。

 車庫から車を出す。車の中には、窓からはみ出しそうなやばいマッチョがいた。


「せいっっっっっっっっ!!!!!」


「かあっっっっっっっっっっっ!!!!!!」


 全力でドアを引く。スマートマッスルキーを開ける手段は唯一つ。より強い力でこじ開けることだ。

 ゆっくりと隙間が大きくなり、ついに車に入ることに成功する。マッチョはにっこり笑ってサムズアップしてきた。私も嬉しくなってサムズアップを返す。出発だ。




 スーパーにつくと、覆面で顔を隠した山脈の如きマッチョがいた。怪しい。見た目だけでなく、駐車場の車を物色している。

 あれは最近ニュースで話題の、マッスル車泥棒ではないだろうか。なんでもトラックで車ごと持ち去ってしまうらしい。とんでもないやつだ。


 しかしここにある車は皆マッスルキーを装備している。いかにマッチョな車泥棒であっても時間がかかるはずだ。怪しければ即通報。車を盗む前に警察が来るだろう。

 しかし泥棒は想像を超える行動に出た。車のバンパーを掴むと「おあっっっっっっっっ!!!」


 そのまま車を持ち上げる。何という力。まさに人間起重機だ。あっという間にトラックに積み込んでしまった。

 これはいけない。早く通報せねば。私はスマホに手をかける。


「こっっっっっっ!!」


「しゃあっっっっっっっっ!!!!」


 親指を掴む半端ないマッチョの手。画面をスライドするためには、パワー以上に瞬発力が必要になる。おかげでややこしいパスワードを覚えなくてすむ。


 通報はしたが、車泥棒のトラックは今にも出発しそうだ。これでは間に合わない。

 いや、チャンスはある。私は車を飛び出した。


 犯人はちょうどトラックのエンジンをかけるところだった。泥棒の横から、研ぎ澄まされた鉄の塊にも例えられるマッチョが、キーを回す手を止める。


「せいっっっっっっっっっっっ!!!!!!」


「ぬえいっっっっっっっっっっっ!!!!!!!」


 自動車の輸送で鍛え上げているだけあって、勢いよくキーを回そうとする。そのキーを私が握った。


「そいやっっっっっっっっっっ!!!!」


「なにっっっっっっ!!!???」


 小さな鍵はもう肉に埋もれて見えない。

 確かにとてつもないマッチョだ。私一人では障害にもなるまい。しかしスマートマッスルキーとの二人がかりなら。


 スマートマッスルキーが微笑んだ。そうだ。彼も犯罪の片棒を担ぎたくなどないのだ。ただ仕事に忠実だっただけで。

 私は一層の力を込めて、犯人を足止めした。




 どうにか警察が来るまで時間を稼げた。車泥棒は逮捕され、3m級のマッチョ50人が扉を押さえつける特別マッチョ刑務所に収監されることになる。

 お礼にもらったプロテインを飲み干し、私はしばらく車によりかかった。


 いい汗をかいた。こういう日があってもいい。それもこれも、スマートマッスルキーのおかげだった。

 家ではゆっくりとスクワットをするマッチョが、ドアを開ける者を待っていることだろう。私は帰宅のため、車をエンジンを動かした。


「どうっっっっっっっっ!!!」


「ごあっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!」

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