明かされる答え
いつもの場所に置かれた交換ノートの最新と思われるページまで捲り、夜色で書かれた文字や名前を探す。けれど、見つけることはできなかった。
そこから遡って彼女の名前や書き込みを探してみる。そうして、オレがあの日書き込んだ文章までたどり着く。その間、青葉さんの書き込みは、一切見当たらなかった。
そんな状態になってから、もう二週間が経っていた。これほど長い間、書き込みをしなくなったのは、初めてのことだ。
おそらく――いや、考えるでもなく、オレが残したメッセージが原因なのだろう。何かしらの反応があると考えていただけに、何も反応がないというのは、お断りの返事よりもショックが大きい。
オレは青葉さんの書き込みが途絶えてから一週間ほど経った頃、頻繁に共有スペースにいるようにした。反応がないのなら、偶然を装って会おうと思ったのだ。
青葉さんの生活リズムは知らなかったが、できるだけそこにいれば会えるだろうと思っていた。けれど、どうしてか会うことができない。そもそも、ずっとそこにいようと頑張っていても、気づくと寝てしまうのだ。
「キミのやっていることはストーカーと言うんだよ」
当然白川も気づいていて、数日前にはそんなことを言われた。
白川にしては珍しく冷ややかな声だった。自身の行いが非常に気持ちの悪いことは分かっている。そのため、オレは返す言葉もなかった。
それでも会いたくて、いつもいる白川に起こすように頼んだこともあった。
けれども、自身が寝てしまったからとか、忘れていたとか、起こすのが申し訳なかったなどと言われ、やはり会うことは叶っていないのだった。
白川は以前から、オレと青葉さんは会わない方がいいと言っていたから、わざとやっているのだろう。
青葉さんからの反応は変わらずなく、共有スペースにいても会えず、手立てが見当たらず途方に暮れるばかりだ。
ふと、書き込む前の白川としたやり取りが頭を過ぎった。やはり、オレは彼女にそのように言わない方がよかったのだろうか。けれど、どうしてよくないのか分からない。
訳が分からないまま、ずっとそのままでいろということなのだろうか。
そういえば、白川は彼女の反応次第ではオレたちが会うべきでない理由を話してくれるとか言ってなかったか? ……いや、反応すらしてくれないのに、教えてくれるとは思えない。
どうしたものか、とテーブルに突っ伏した。静かなそこで聞こえるのは、時計の秒針が進む音くらいだ。
この共有スペースは、大抵静かだと思う。多くの住人が住んでいるとはいえ、生活リズムがオレと全く異なるのか、今まで白川以外の住人と会ったことがない。それは、青葉さんに会おうと無理に起きているときでさえ、そうだった。
青葉さん以外の人に会えたらと少しばかり期待していたのだけれど、そんなことはなかった。
ふと、そこで疑問に思う。
本当に、そんなことはあり得るのだろうか?
このシェアハウスには、ノートから読み取れる限り、オレや白川以外に四、五人の人が住んでいるはずだ。それが全く会うことないなんてことが、本当にあり得るのだろうか。
瞬間、自身の体から血の気が引いていくようだった。それなのに、心臓はばくばくと脈を打ち、まるで耳元で鳴っているかのようにうるさく響いた。そんなオレの頭の中では、どうして今まで気づけなかったのかと疑問ばかりが巡っていた。どうすればいいのか分からない。ただ、気づいてはいけないことに気づいてしまったという感覚だけが強くあった。
「黒田くん、キミは寝不足だ。少しは眠った方がいい」
不意に声が聞こえた。それはよく知った、白川の声だった。静かなその声は、頭によく響いた。今までは不思議にも思わなかった白川の存在だが、こうして改めて思うととても不可思議な存在であることがよく分かる。
「お前は
「急に何だい」
とぼけた声にオレは苛立ちを覚える。ぐわんぐわんと頭が揺れる中、声を荒げて言った。
「
瞬間、ズキリと頭に痛みが走った。こんなこと、前もあった気がする。あぁ、どうしてこんな時に頭なんか痛くなるんだ。恨めしく思いながら、白川が何か話すのを待つ。
「……キミは箱を開ける勇気はあるかい?」
静かに問うその意味を理解しきれない。いつものような含みのある言い方が腹立たしい。
今にも途切れてしまいそうな意識をなんとか保ってオレは答えた。
「箱だのなんだのと知らねぇが、オレは知る必要がある」
「そこに絶望しかないとしても?」
「お前との問答は不要だ」
低い声でそう言えば、白川はやがて分かったと言った。
「キミ、あそこのものを手に取って、自身を見るんだ」
そう言われ、自然と向けられた視線の先にあったのは、鏡だった。
おそらく、桃山か
本当にいいのだろうかという葛藤が今更ながらに起きる。
いや、それよりも、見るべきではないと頭の中で警鐘が鳴り響いて仕方ないのだ。
見るべきではないと誰かが言った。それは自分自身か、白川か。それとも、もっと
自分自身というものが曖昧になっていくようだ。それでも、知らなければならないと思った。
全てを振り切り、鏡へと手を伸ばす。そうして、鏡を覗き込んだ。
「それが、
鏡の中の人物――女性はそう呟いた。女性の声だったが、はっきりと分かる。これは、白川だ。じゃあ、オレは? オレはどこにいった。そう思っていると、白川は続けて言った。
「キミであり、ボクであり、青葉さんでもある。これは、
淡々と白川は告げる。途端、頭の中で何かが弾けた。
「あぁあぁああああああ!!!」
オレはただ、断末魔のような、絶叫のような声をあげることしかできなかった。頭の中で弾けたそれは、いつかの記憶で、感情で、誰かの声だった。それらが、オレの意識を濁流の如く飲み込んでいった。
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