言葉の意味はまだ、

「――そう」


 オレの答えに白川は驚く様子はなく、むしろそう答えることが分かっているようだった。


「彼女も――青葉さんも、同じなんだよ」


 白川の言葉には少しだけ驚いた。けれど、何故か……青葉さんのことをほとんど知らないはずのオレだが、そのことについては誰よりも知っている気がした。


 不思議な感覚に戸惑っている中、白川は更に言葉を続けた。


「だから、キミたちのやり取りが嬉しく思う。キミの青葉さんへの気持ちを、ボクは喜ばしくて、嬉しいと思う」


 それが、白川のオレへの回答のようだった。その言葉の意味はきっとそのままなのだ。しかし、その言い方やそこに込められている意味に含みがありすぎて、オレにはいまいちよく分からない。自分自身を嫌っていながら、オレが他の誰かを気にかけることが、意外で、滑稽とでも言いたいのだろうか。というか、どうして青葉さんを好ましく思うことを白川が嬉しいとか、喜ばしいなどと思うのか。


「そうだな……。もっと率直な言い方をすると、キミはということだよ」


 オレのよく分かっていない様子に気づいたらしい白川が補足をするようにそう言った。しかし、その言葉はオレを余計に混乱させるだけだった。先ほどまでの繋がりがまるで分からない。白川の言葉は一つとしてオレの疑問に答えてくれる気配がない。そもそも希望とは、誰にとってのという話なのだろうか。


 疑問は尽きなかったが、これ以上聞いても白川は教えてくれる気がしなかった。諦めるように息を吐き、再びノートに視線を落とす。視界に入ったのは、青菜さんの文字。夜色で書かれた優しさを感じる文章は、とても心が落ち着いた。


「一度でいいから、彼女に……青葉さんに会ってみたい」


 気づけば、そんな言葉が口からこぼれ出ていた。オレは一拍開けて、言葉の意味に気づき、口元を押さえる。


「面白いなぁ、キミは!」


 笑いながら白川は言う。今までにないほどに笑う白川を恨めしく思いながら、自身の顔を押さえる。


 時間が経てば経つほど、こぼれ出た言葉の意味を理解して、気恥ずかしくてたまらなかった。けれど、それと同時に、とても納得していた。自分の中にあった気持ちが、収まりよくストンと腹に落ちていくような気分だった。


 開いていたノートを撫でる。このノートに、せめて会いたいことだけでも告げたら、彼女は答えてくれるだろうか。別に自身の気持ちを彼女に伝えたい訳じゃない。ただ、一度でいい。ひと目でいいから、彼女と会ってみたい。言葉を交わしてみたいと、そう思うのだ。


「いやぁ、ごめんよ。とても面白くて。決して馬鹿にしているわけじゃないんだ」


 やがて少しずつ治まってきたころ、白川はそう言った。そう言ってしまうと、余計に馬鹿にされているように思うから、あえて言わなくてよかったのにと思う。


「キミの青葉さんへの気持ちは大変に驚かされるものがあるけれど、それはオススメしないよ」


 先ほどまでの声の調子とは打って変わり、静かに白川は言った。唐突な言葉に意味を理解しかねた。やがて、その意味を理解すると、オレは眉をひそめながら聞く。


「どういう意味だ?」


「キミの存在はとても喜ばしく、嬉しいことだと思う。それはある種の希望、、だ。けれどそれは、青葉さんにとっての、という意味ではない。だから、彼女とキミを会わせるのは――正直、賛成していない。それに、キミにとっても良いことではないとボクは思っている」


 オレは白川の言っている意味が分からなかった。


 これまで散々他の人と交流することを薦めてきた白川がそのように言うとは思わなかった。このノートだって、そういう目的だと聞いている。それなのに、会いたいと思うこと、交流したいと思うことをどうして否定されなきゃいけないんだ。どうしてお前に知った風に言われなきゃならないんだ。


 白川の含みのある言い方が、だんだんとオレを苛立たせた。


「お前の言っていることは矛盾している。これまでは住人と交流しろと言っていたくせに、どうして青葉さんと会うのは、ダメなんだ。どうしてオレたちが会うことが良くないことだと、お前に言われなきゃならないんだ。そもそも、お前が含みを持たせて言っている希望ってどういう意味だ。誰にとっての希望だ。いつも含みのある言い方をしてくるが、はっきり言ったらどうなんだ」


 オレは苛立ちをそのままぶつけるように白川に言った。


 けれども、オレの言葉を意に介した様子もなく、白川はいつもの落ち着いた雰囲気のまま言う。


「別に交流そのものを否定するわけじゃない。もちろん、ノートでの交流は今まで通りでいいと思う。それに、会いたいとそのノートに書くのもキミの自由だ。青葉さんと会うことをオススメしないのは変わらないけれど……そうだな。キミが書いた言葉に対する彼女の反応次第かな」


 白川のいつも通り過ぎる態度に、また苛立ちが湧き上がる。けれども、自分ばかりが怒りをぶつけるのはよくないことはよく分かっている。


 オレは一つ深呼吸をした。白川の言う通り、書くだけであれば自由だ。会いたいと思うことは嘘でもなんでもないのだ。ならば、とオレはいつものペンを取り出して、ノートに一文を書き込んだ。




 青葉さんへ。一度だけでいいので、会ってくれないでしょうか?

 ――黒田

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