抱く感情の名前は、
そんなことがあってから、一週間が経った。白川との約束が果たされない限り、小説の続きは書けないと判断したオレは、完全にその手を止めた。元々どこかの賞に出すつもりで書いていたわけでもなく、のんびりと書くつもりだったので、急いで書き上げる必要はどこにもなかった。小説を書く代わりのように、オレは交換ノートを開いた。
様々な人が書き込んだページを捲りながら、どうしたものかと思う。始めは青葉さんのことを知ることができればと思ってノートに書き込んだ。その後、彼女――青葉さんから返事があった。彼女はきちんと返事を書いてくれ、オレはそれに更に好感が持てた。その後も、何度かやり取りをして少しずつであるが、彼女を知ることができている。それをオレは素直に嬉しいと感じていた。
やり取りは彼女だけでなく、他のやつとも交流する機会となった。オレの存在だけ知っている人もいれば、全く知らなかった人まで様々だった。そうした人たちからの反応は一様に「意外だ」というものだった。どう意外だったかというと、
「あまりにも出て来ない人ので、ヤバいやつなのかと思っていたが、まともそうでよかった」とのことだ。
オレはこのコメントを貰い、どう反応していいか困った。
『ヤバい』に含まれる意味は決してポジティブなものでないことは明らかだからである。けれども、住人たち同士のノートを介した交流は思いの外、悪いものではないと感じた。人との交流は非常に面倒くさいものと考えていたオレは、そう感じていることに驚き、戸惑っていた。
そしてもう一つ、オレが戸惑っていることがあった。オレの青葉さんへの感情である。
ノートを捲っていき、一番最近書き込まれたであろうページに行き着く。今回も様々な書き込みがあり、その中に彼女の文字も見つける。ただそれだけ嬉しいと思える。こうした感覚に名前を付けるとしたら、一つだけ思い当たるものがあった。けれど、簡単にその言葉で表していいものか、オレには分からなかった。
安易にそのように名付けてしまうことに抵抗があるのだ。気恥ずかしいとか、初めてのことだからそう呼ぶのが正しいのか分からないというものではない。
むしろ、そう呼ぶのは正しくない、タブーだという感覚すらあるのだ。
「青春だね」
例のごとく、突然声が響く。今更驚くこともないと思うが、内心驚いてしまうのは仕方ないことだと思う。でもはやり、それを知られるのは癪に思うので、懸命に隠したうえで、白川に話しかける。
「なんだよ、青春って」
「いやぁ、歳を取って枯れた心を持つボクたちからすれば、キミと青葉さんとのやり取りは、実に癒されるものがある。それを青春と呼ばずして、なんと呼ぶべきか」
「ただのノートでのやり取りだろうが」
「そうなんだけれどね……。感慨深いものがあるんだよ」
そう言った白川は心底嬉しいようだった。けれども、それほどまでにオレたちのことを気にする理由がよく分からない。
「どうしてそう思うんだ」
オレの言葉に白川は、そうだね、と呟いてから、考え込むように口を噤んだ。どんな答えが返ってくるのだろうかと待っていると、やがて白川が口にしたのは、俺の質問に対する答えではなく、妙な質問だった。
「キミは自分自身のことが好きかい?」
白川の言葉にオレは混乱した。相も変わらず、白川の考えていることはよく分からない。
疑問を投げかけているのはこちらのはずなのに、どうして疑問で返してくるのか。
その質問にどんな意図があるのかなどと思考が巡る。
一方で、白川の質問への回答は明白だった。
「オレはオレ自身が嫌いだよ」
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