第二章 第五話:犯人過去の記憶
映像が始まった。
場面は彼、佐藤雄一(さとうゆういち)が保育士になる前に通っていた学校時代のものらしい。
住宅街にポツンと建っている建物の上部には〇〇短大と書かれている。
彼はここで保育士になるために勉学に励んでいたらしい。
彼はちょうど今日の授業が終わったのか、短大を後にする所だった。
私も彼の後を追う。
彼は短大から徒歩で10分ほどの場所にあるコンビニでアルバイトをしていたようだ。コンビニ店員の制服を着た彼はお客様に笑顔で接客していた。
私はそこであれ?と思った。
コンビニ内にはレジが二か所あるのだが、そのレジに彼と並んで見覚えのある顔がいたのだ。
それは、若りし頃の卓也の母親らしき人だ。
年はだいたい高校生くらいだろうか。
卓也の記憶で見た時も思ったが、この頃から相当な美人だ。
そんな道を歩けば声を掛けられるのが当たり前のような美貌を持つ卓也の母親。
佐藤雄一も彼女に好意があるのか、客足が途切れる度に何度も声を掛けていた。
「雅子(まさこ)さん聞いてよ……」
「雅子さんそういえばこの前ね……」
どうやら卓也の母親の下の名前は雅子(まさこ)というらしい。
若りし頃の卓也の母親、雅子さんはその後も何度も声を掛けられて迷惑している様な顔をしつつも、それを直接言葉にして彼に伝えていられないないようだ。
コンビニのバイトが終了の時刻となり、彼は別れ際に雅子さんに笑顔で手を振る。
彼はその足でそこから5分ほど歩いた所にある2F建てのオンボロな木造アパートの1室へ入っていった。
私もそれに続く。
彼、雄一の部屋に入った私は思わず
「うわ……きも……」
ヘルメット内で言葉が出てしまう。
それほど目の前の光景は常軌を逸脱していた。
部屋内の壁、天井問わずに雅子さんらしき写真や雑誌の切り抜きらしきものが貼り付けられている。
卓也の母親を初めて見た私が言った、モデルをしていてもおかしくない。
というのはあながち間違いではなく、彼女は現在モデルとして活動する傍らコンビニバイトをしているようだ。
雑誌の切り抜きはファッション雑誌を切り抜いたものだとわかった。
彼はこの部屋に一人で暮らしているらしい、部屋に入って
「ただいま、雅子」
と誰からも返答のない独り言を呟くと……。
たまらず私は一時停止ボタンを押した。
これ以上は私には刺激が強すぎる。
そして一度自身の頭からヘルメットを脱ぐ。
私の頬を冷や汗がつたう。
ベットで横たわり眠っている異常者の男へ視線をやった。
この人は並々ならぬ愛情を卓也の母親雅子さんに抱いていたらしい。
しかし、それが殺意に変わった理由はなんなのか。
そこがどうにも理解できない。
まぁ異常者の心理を心理学者でもない私が理解できるとは思わないが。
とりあえず、このシーンはスキップしてしまっても構わないだろう。
私はそう思う事にして、ヘルメットを被り早送りボタンを押した。
目の前の映像の大幅な早送りが始まり、ヘルメット内は暗い画面とキィーンという早送りをしている音が鳴るだけになった。
適当な所で早送りを止める。
場面は卓也の過去でも見た幼稚園になっている。
彼がここで勤め始めてどれくらいで事件を起こしたのかわからないので、しばらく私は傍観する事にした。
一見して好青年といった面持ちで小さな子供の相手をしている佐藤雄一。
他の保育士はそんな彼を見ながら2,3人で集まってヒソヒソと何か話している。
「ちょっと聞いた?竹内さん家のお母さん」
「聞いたきいた。何でも通り魔だって?」
「物騒な世の中よね~」
「あたしも気をつけなきゃ」
「あんたは気を付ける必要ないわ」
「なんでよー!」
井戸端会議の様相で話していた保育士の話によると、今の記憶再現の時期にはすでに雅子さんは亡くなっているらしい。
このような話が出るという事は最近あった事件のはずなので、私はヘルメット左側の巻き戻しボタンを押して、彼の記憶を巻き戻す。
そして、彼が殺意を抱いたのであろうシーンを見つけた。
あれから、雅子さんと佐藤雄一の間でどのような事があったのかはわからないが、幼稚園に自身の子供を連れてきた雅子さんと、その幼稚園に勤めていた佐藤雄一は偶然出会ったらしい。
「あれ?雄一さん?」
卓也の母、雅子は彼の事を覚えていた。
「……まさこ……さん?」
彼はあまりの驚きに、目をこれでもかと見開いていた。
するとその視線を雅子の子供である、卓也に一度向けて
「結婚したんですか……」
と続けた。
ここまでの経緯を見てきた私は、本来ならここに続けたであろう彼の言葉がなんとなくわかった。
その後、彼は元の子供大好きな好青年の仮面を被り直したようだ。
幼稚園の終園時刻まで仕事をきっちりとこなして帰宅した。
学生時代に住んでいた木造アパートにそのまま住み続けていたらしく、さっきも見た、オンボロアパートの一室に入っていく。
部屋は学生時代から変わらず、というか悪化しているようにも見える。
部屋中に貼られていた写真や雑誌の切り抜きは1枚を残して、他は刃物の様なもので切り刻まれていた。
1枚だけ無事な写真の雅子さんに向かって、彼は
「殺せばずっと一緒だね雅子……」
そう言って――。
もういいだろう。十分だ。
私はヘルメットを脱ぐと地面に叩きつけた。
そして、今回は「夢球」は作らないと決めた。
私は店の中に外で待機していた卓也を呼びつける。
卓也は私の顔を見るなり
「何かわかったか?」
と尋ねてきたが、こんなのはもうたくさんだ。
私は少し投げやりに卓也に返答する。
「何も……。何もわからなかった」
私の言葉を聞いて、卓也は深刻そうな皺(しわ)を顔に刻み、未だに眠り続ける男を肩に担いで店を出て行った。
店を出ていくときに卓也の口から
「……それなら……おれも……」
と誰に宛てる事のない呟きが聞こえた気がした。
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