第二章 第四話:同級生のその後~その2~
私は卓也に招かれるまま卓也の対面のソファーに腰かけた。
「詳しい話って言っても、さっき私が聞いた話で全てじゃないの」
私は卓也が何か話し始める前に先制して話しかけた。
卓也もソファーに腰かけてすぐ私が話し始めるとは思わなかったのか面食らった顔をしている。
私はなおも一方的に言葉を続けた。
「だいたい、その人がお前の母親を殺したっていうのは正真正銘の事実だ。それは本人も認めてるんでしょ?」
「あぁそうだ」
私は卓也の隣にさっきから一言も話さずにいる男に視線を送る。
卓也の隣に座った男は私たちのやり取りを自分の話だと思っていないのか、どこか虚空を見つめて口をパクパクさせている。
何かおかしな薬でも使っているジャンキーのように見える。
私がその男を見て固まっていると、卓也が話し始めた。
「それじゃあ俺の心は晴れないんだ。人は間違いを犯す、それは俺もここまでの人生で間違えた事も山ほどあるさ」
卓也の言葉に私は内心でその度に口癖というか卓也の代名詞になりつつある、「わりぃわりぃ」という言葉が脳内で再生された。
なおも卓也は続けた。
「罪を犯した人間は正しく公正に法で裁かれなければならない、俺はそう思ってるんだ」
「それで?」
私は長々と講演の様に話す卓也の結論を急かした。
「殺人という間違いを犯した人間が法で裁かれる時に、殺意の有無が重要なのは知ってるな?」
「いや、知らないけど」
私は法律に詳しい弁護士でも無ければ、卓也の様に罪を見咎める存在でもない。
しがない記憶発掘人でしかない。
そんな私からすれば、殺人という罪を犯した人間は皆等しく凶悪犯という認識だ。
卓也は私をそんな事も知らないのかという顔で見ながら
「そんな事も知らないのか」
というか直接言われた。そして言葉を続ける。
「いいか、日本の法律では殺意の有無で刑期が大きく変わる。俺は自分の母親が殺された事は仕方の無い事だったと折り合いを自身で付けた。でも罪に関しては、こいつにしっかりと償ってほしい」
言うは易く行うは難し、私の目の前の卓也は相変わらず目を血走らせている。
その目つきで過去の出来事に折り合いをつけたねぇ……。
しかし、さっき卓也の依頼を曲がりなりにも受けてしまった私。
そんな私には依頼を達成する義務がある。
私は卓也の隣の男に話しかけてみる事にした。
今も虚空を見つめている男に向かって声をかける。
「あの……」
口を開いてから思ったが、私はこの人の名前すら知らない。
話しかけたはいいが、なんと言葉を続けるか私が悩んでいると、男は突然話し始めた。
「ぼくは、佐藤雄一(さとうゆういち)です。ぼくのことは、ゆういちせんせーって呼んでね」
おそらく自身が保育士をしていた頃の名残なのか、彼は私をぎょろっとした目で見つめて自己紹介を行うと再び黙り込んだ。
一瞬呆気に取られたが、自身が「ゆういちせんせー」と呼んでくれと言っていたので私もそれに乗っ取り話しかける。
「ゴホン……ゆういちせんせー。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、どうしたの?」
「ゆういちせんせーのねんれ……年はいくつなの?」
私は目の前で危ない雰囲気を出す彼に、難しい言葉を使わないよう注意しながら年齢を聞こうとした。
半ばトリップ状態の彼は私の質問に答えた。
「ゆういちせんせーは今45さいです」
という事は卓也の過去の記憶で見た佐藤雄一は、当時22歳前後の保育士に就職したばかりの見習い保育士だったのだろう。
どういう理由があって、彼は卓也の母親をあのような形で殺害するに至ったのか。
考え込む私をよそに卓也が急かしてくる。
「なぁもういいだろ?早いとこあのガシャポンみたいな機械でこいつの過去を見てくれよ」
確かにこの状態の彼と話してもこれ以上の情報は得られないだろう。
私は卓也の言葉を聞いてソファーから立ち上がり、小さな包装紙に包まれている、いつもならお茶に混入させている漢方のせんじ薬を持ってきた。
そして、そのせんじ薬を虚空を見つめて口をパクパクさせている男の口元まで持って行き口を開いた瞬間を狙って呑み込ませた。
「おい、なんだよそれ。何を飲ませたんだ」
卓也が聞いてくる。
私はそれにニッコリ笑みを浮かべ無視した。
しばらくすると、薬物中毒者のような彼は眠り始めた。
卓也も自身の経験から察したらしい
「お前!俺にもこれを一服盛っただろ」
という彼の言葉に
「それよりも早く彼をベットへ」
と返して、追及を逃れた。
卓也は私よりも筋肉量が多いのか、軽々と眠っている男を担ぎ上げベットまで運んでいき、投げ捨てるように男をベットインさせた。
私はそれを見届けてから、卓也に全てが終わるまで店の外で待機しているように促した。
当然、卓也もそれに反発した。
しかし、私がそれならこの男を連れて帰ってくれ、というとスゴスゴと店を出て行った。
店の中には、眠りこけている男と私が残された。
私は男の頭に『ドリ子』の吸盤を張り付けていく。
そして彼の記憶に侵入するべく、私も自身の体に吸盤をつける。
『ドリ子』の年代スキップ機能はどのあたりがいいだろうか。
どの年代の彼の記憶を見れば卓也の満足する結果は得られるだろう。
私は『ドリ子』の年代スキップダイヤルをいじりながらしばし考える。
そして、憶測だが何かあるとすれば青年期くらいか、と適当に当たりをつけて『ドリ子』のダイヤルを青年と書かれた所で止める。
過去の記憶への旅行準備が終わり、私は一度だけ店の外へのドアを一度だけしっかり閉まっているか確認し、ヘルメットの右側のボタンを押した。
――――佐藤雄一の記憶が流れ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます