第二章 第三話:同級生のその後~その1~
高校の同級生、竹内卓也が私に50万円もの大金を投げつけて店を去ってから3日程が過ぎた。
あれ以降、再び客足が途絶えた私の店は絶賛開店休業中だ。
考え方によっては、世の中で大切な記憶を忘れてしまう『悲劇』とも言える事態に陥ってる人が居ない。
そう言えるかもしれないが、商売をしている私からすればたまったものではない。
卓也はあれからその足で当時の通り魔殺人の犯人を逮捕したらしい。
暇すぎてやることがない私は連日テレビを見ているのだが、ニュース番組は過去の未解決事件が解決されたと繰り返し報道していた。
『敏腕刑事 未解決事件を解決!』そんなテレビの見出しも何度も見ていると飽きてきた。
そんな時にスマホに着信があった。
着信画面を見ると件(くだん)の敏腕刑事からだ。
またろくでもない依頼じゃないだろうな。
しばらく鳴り響くスマホの着信画面を見つめる。
いつまでも鳴り止まない着信音に嫌々ながら電話に出た。
「もしもし」
「あー出たか。今から行くから」
「はっ!?何の用だよ」
「まぁ細かい話はそっちに着いてからするよ。ていうか、もう着いたから切るわ」
「は?おいっ!」
私の最後のセリフに手の中のスマホは着信終了を知らせるツーツーという音で答えた。
店の前で、どれだけのスピードを出して来たら、そんなブレーキ音がするんだ、というような甲高いブレーキ音が私の家の前で鳴り響く。
私は何が起こったのかと慌てて窓を開けて外へ顔を出す。
2Fの窓から顔を出した私と車から降りてきた彼、竹内卓也は目が合う。
卓也は自身の舌を目一杯出しながら
「来ちゃった♡ テヘペロ」
と目を合わせたままの私に向かって言ってきた。
私は無言で2Fの窓を閉めて、そのまま店舗の1Fへ降りる。
坊主頭のテヘペロは誰得なんだ。
ていうか何しに来たんだ。
ていうか取り締まる側の人間が運転中に電話しちゃだめだろ。
そんな止まらない連続した思考を抱えながら1Fのドアの前まで来た。
ドアの鍵を開錠してドアを開ける。
私は卓也の顔が見えた瞬間に
「何しに来た……誰それ?」
と彼に問いかけた。しかし言葉は続かずに卓也が首元を掴んでいる人物への誰何(すいか)となってしまった。
卓也は私の質問に答える様に片手で首元を掴んでいる人物をこちらに突き出してきた。
卓也の鋭い目は血走っていて狂気すら感じる。
「こいつ? 俺の母親を殺した犯人」
「は、え? 逮捕したのは知ってたけど、なんでここに?」
「こいつ口を割らねーんだよ。それに殺すつもりは無かったの一点張りでな」
私は卓也の話を聞きながら、目の前に突き出されている男性を見る。
「あれ……この人」
私は思わず口から言葉が漏れてしまった。
何処かで見たことがあるような……。
そんなデジャヴの様な不思議な感覚に陥ったのだ。
すると、その答えは卓也の口からすぐに出た。
「こいつ、俺が通ってた幼稚園の保育士」
「あぁっ!そうか!」
一昔前なら保母さんと呼ばれていた職業名は、時代と共に増えていく男性の保母さんという存在によって、保育士に名前が変わっていた。
私の幼少期通っていた幼稚園には男性の保育士は居なかったので印象に残っていたのだろう。
その人は卓也の記憶で幼少期の彼に話しかけていた保育士だった。
卓也も自身の記憶が私に見られていることを知っている。
なので、私の反応にそれほど驚いてはいないようだ。
なおも卓也は淡々と話す。
「俺はあの何て言ったか、記憶を再現するボール。あのボールで見た瞬間にすぐにこいつだってわかったよ」
「『夢球』ね……。それでその人を連れてきて何しようとしてるの」
「あぁさっきも言ったが、こいつ自身が刺したって事は認めるのに殺意は無かったの一点張りなんだ」
「それで何で私の所に?」
「こいつの過去を見て、何故俺の母親が殺されなければならなかったのか調べて欲しい」
「そうかぁ……」
そう言って私は店のドアをそっと閉じた。
しばらく間が空いて、ドアを壊さんばかりの勢いで叩かれる。
ドアの向こうから卓也の叫び声が聞こえる。
「あけろおおおーー!ここをあけろおおおお!」
「嫌だっ!そういうのは警察の仕事だろっ!」
私はドア越しに聞こえる卓也に向かってこちらも叫び声で返した。
「公務執行妨害だあああ!逮捕だあああ!」
「お前が住居侵入罪だ!余罪で!ながら運転もっ!大人しく帰れ!」
どれくらいの時間そうしてドア越しに叫びあっていただろうか。
やがて卓也は疲れたのか、ドアを叩くのを止めた。
そして、ドア越しに叫ぶのも止めると
「たのむよ……」
と静かに一言はっきりと聞こえる声量でこちらに呟く。
私は静寂を取り戻した室内で少し考えた。
ここで私が卓也を帰すのは簡単な話だ。
ドアを開けなければいい。
そうすれば彼は諦めて帰るだろう。
ただ一つだけ私には気掛かりな事があった。
それはさっき見た彼の様子だ。
目が血走っていた。
このままでは彼は、一歩間違えれば敏腕刑事から驚異のビフォーアフターを遂げて殺人犯になってしまうのではないか。
そんな想像を私はしてしまった。
そこまでの思考を終えた私は、渋々ドアを開けた。
ドアの前に広がる景色は私の想像を確信に変えた。
卓也はさっきまで掴んでいた男性の首元から手の位置を変えていて、男性の首に両手を掛けて絞め殺そうとしているかの様だった。
そんな卓也はドアが開くと、何事も無かったかのようにこちらを血走った目で見て、ニコリと笑うと
「お、やってくれる気になった?」
と聞いてきた。
通常であれば、こんな状態で肯定はしない。
しかし、私も場の雰囲気に呑まれてしまったのか、卓也に向かって首を一度上下に振ってしまった。
卓也は私が依頼を引き受けてくれるとわかると、以前と同じように私を店内に押し込むようにズカズカ入ってきた。
そして犯人だという男と並んで仲良くソファーに腰かけると
「じゃあ、詳しい話をしようか」
と私を対面のソファーへ招いてきたのだ。
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