第一章 第四話:夢球
それからしばらくして、文子さんは目を覚ました。
「あら……、なんだかグッスリ寝ちゃったみたい」
「おはようございます。何も体におかしいところはありませんか」
私は文子さんの体に異変がないか尋ねた。
私自身が安全だとわかっているが一応の念のためにだ。
文子さんは一度体を見回してから返事をしてきた。
「……なんともないわ。それで忘れてしまった記憶のきっかけのようなものはあったのかしら」
「はい、こちらになります」
私は先ほど「ガシャポン」から取り出した「夢球」を文子さんに手渡す。文子さんはそれを受け取ると、不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「これがそうなの? でも使い方がわからないわ」
「奥村様の顔の前でそれを開封してください」
「そうなのね、わかったわ」
そういうと文子さんは私の目の前で夢球を開封した。
文子さんはしばらく心ここにあらず、といった面持ちだったが、夢球の効力が切れたのか一度周囲を見渡すと、静かに涙を1粒流した。
「あぁ……そうだったわね。けんちゃん、今も待っているのかしら……」
私はそんな文子さんを見守っている。
文子さんはなおも言葉を続けた。
「とても……とても大切な思い出、どうして忘れていたのかしら。不思議だわ。思い出したらこんなに大切だっていうのは当たり前のことなのに……」
文子さんはそう言って肩を震わせる。
私は文子さんが落ち着くまで待ってから、ベットに腰かけている文子さんに、そっとお茶を差し出した。
「……あら、ありがとう」
私は、答えは今の反応を見ていればわかったが、確認のため文子さんに問いかける。
「いかがでしたでしょうか? 奥村様の希望に沿う記憶でしたでしょうか」
私の問いに文子さんはニッコリと先ほど私が過去で見たふみちゃんのように笑う。
「……えぇ。おかげさまで大事な大切な約束……ではないわね、待っている人がいることを思い出せたわ。ありがとう」
「お役に立てたなら私もうれしいです」
「けんちゃんに会いに行ってみるわ……あれから一度も帰ってないあの村へ」
文子さんはそう言って杖を支えにベットから立ち上がり、着物のふところから財布を取りだした。私はその中身をはっきりと見たわけではないが、財布の中には諭吉さんが大量に使われる時を待っているように見えた。
文子さんは私が財布の中身を見たのがわかったのか、少し寂しそうな顔をしてこちらに話し掛けてくる。
「長年連れ添ってきた旦那がね、一昨年亡くなったの。遺産は沢山もらえたわ。でも、お金よりももっとあの人と一緒にいたかった」
文子さんはそう言ってから私の顔見て気まずそうな表情をしていることに気づいたのか
「暗い話をしてごめんなさいね。はい、今回のお代よ受け取って」
文子さんはその手に10枚の諭吉さんを持ってこちらに差しだしてきた。
私は枚数の確認を行ってから文子さんに向かって別れを言う。
「はい、確かにいただきました。またのご来店を」
装置の性質上、私のお店には常連は存在しない。
一人の人間につき装置を使えるのは一回のみだ。
基本的にお客様とは一期一会となる。
「何度も言うようだけど、本当にありがとうね」
文子さんは最後にそう言い残して私のお店を出て行った。
私はお店の中央にドンと置かれた「ガシャポン」に向かうと、我が子のように「ガシャポン」をなでた。それは、私の初仕事が上手くいった喜びを表すためか、それとも私の発明が他人を救うことのできた喜びか。
私にはどちらの喜びかはわからないが、とにかく飽きるまでなで続けた。
満足いくまでなでると、先ほど文子さんからもらった10万円という大金を、2Fの住居スペースにある金庫へ入れるために私は2Fへ向かった。
私が1回の料金を10万円にしたのには訳がある。
それは、依頼してくるお客様がどれくらい本気か見極めるためだ。
半端な思い出のために私の発明は利用しないと固く誓っている。
この10万円は出来高制での支払いとなっている。
お客様に満足してもらえない場合は、無料となり赤字である。
初めてのお客様だったが快く料金を差し出してもらえて、私は一安心というところだ。
別にお金に困っているわけではない。
公務員時代からの貯金もあるし、早期退職したのでそのお金もある。
しかし、自分がお客様に何かをして感謝されてもらったお金は金額の問題ではない。
私はルンルン気分で金庫の前まで来ると、金庫のドアを開けるためにダイヤルを回す。
「1……0……2……4……っと」
私の誕生日ではない。私の誕生日は3月3日……ひな祭りの日だ。
しかし、私は番号を使う銀行やクレジットカードはこの「1024」という番号を使っていた。
使っている私自身もなぜこの番号を使い始めたのか覚えていない。
番号を入れると金庫のドアが開いた。
金庫の中はまだ空の状態である。
私はそこに今日の稼ぎをゆっくりと金庫の中に入れた。
「これで……よしっと」
私は金庫のドアを閉めて独り言をいう。
そして、初めての追体験で出てきた「ガシャポン」の改良を行う点を洗い出すために、1Fに戻っていった。
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