第一章 三話:文子さんの記憶~その2~
私は一度文子さんの記憶を大きくさかのぼる必要があると考えた。
ヘルメットの一時停止ボタンを押してから、早送り機能を押す。
すると目の前の画面は真っ黒になり、テープを早送りしている時のようなキィーンという少し不快な高音を立てて大きく巻き戻しを始めた。
私は適当なところで大幅な早送りを止める。
画面は再び文子さんの記憶を再現し始めた。
どうやら画面の文子さんは幼少期のようだ。
今現在の高齢の文子さんの面影が残った幼少期の文子さんと、同じ年頃だろう男の子が画面には映し出されている。
しかし、文子さんの背景は先ほどまでの都会というような街並みではなく、山間にある村というようなものへと変わっていた。
幼少期の文子さんが私の脇を笑いながら駆けていく。
「あはは!けんちゃんおそーい」
「待ってよ、ふみちゃーん」
田舎のあぜ道をかけっこでもしているのか、走る二人の子供。
けんちゃんと呼ばれた男の子の方はあまり走るのが得意ではないらしく、ふみちゃんと呼ばれた女の子、幼き日の文子さんだろう女の子に大きく置いて行かれていた。
幼き日の文子さん、ふみちゃんは立ち止まり、けんちゃんと呼ばれた男の子に振り返った。
「けんちゃん、木登りは得意なのにね。かけっこは遅いね」
「はぁはぁ…、ふみちゃんが速いんだもん。僕の足がおそいわけじゃないもん」
けんちゃんはふみちゃんに追いついて、自身のひざに手をつきながら息も絶え絶えにそれだけ言うと、目に涙をにじませた。けんちゃんが泣き虫なのに慣れているのか、ふみちゃんはそんなけんちゃんに向かって口を開く。
「もう……、男の子なのに泣かないの」
「泣いてなんかないもん!ふみちゃんのバカ」
「あーバカって言ったわね!バカっていう方がバカなんだから」
それから二人はケンカというよりもじゃれ合いながら家路に着いたようだ。私は二人が去った後の道に立ち尽くしていた。
田舎のあぜ道といった未舗装の道は、夕暮れが近いことを知らせるようにオレンジ色に染まっている。
すると目の前の映像に乱れが生じた。
画面にノイズのような様々な色の帯が流れる。
しかし、これは故障ではない。
私の作成した記憶復元装置「ガシャポン」でも、その人の記憶が古いものであればあるだけその再現性は落ちていく。これは文子さんの記憶がかなり昔のものであることで、現在の「ガシャポン」では上手く映像出力できていないのだ。
しばらくノイズ交じりの映像が流れたが、その後ノイズは消えた。
画面はふみちゃんとけんちゃんが学校の先生らしき人に怒られている場面から始まった。
「細川(ほそかわ)さん、高橋(たかはし)くん。君たちが何をしたか自分でわかっているの」
先生のような見た目をした男性は目の前の二人にさとすように言った。
「「……ごめんなさい」」
ここは木造の学校のようだ。
廊下で怒鳴られている二人のそばには、野球ボールのようなボールと割れた窓ガラスの破片らしきもの、そしてけんちゃんの手にはバットが握られていた。
「謝っても遅いの、はぁ……窓ガラスだってただじゃないんだよ」
返答のない二人に反省の色を見たのか、先生はその後その場を立ち去っていく。廊下に残されたのはしょんぼりとした二人だけとなった。
ふいに、ふみちゃんが顔を上げる。
「……怒られちゃったね!でも野球たのしかった」
ふみちゃんはそう言ってニッコリ笑った。
ふみちゃんにそう言われた、けんちゃんは少しベソをかいていたが、その涙を拭うとニコっと笑う。
「うん、でも次はもう少し広い場所でやろう」
そう言って二人は先ほどのまでの反省の色をその場に投げ捨てたかのように廊下を走っていった。
私はここまでの文子さんの記憶をさかのぼって来た経験から、おそらく文子さんは幼少期のけんちゃんとの思い出で何か忘れているのだろうと予測した。
しかし、どこの記憶を失ってしまったのかしっかり見極める必要がある。
というのも、「ガシャポン」は再現した映像を切り取り、現実に排出することができるのだが、それは一人につき一度だけだからだ。それ以上はその人の脳に損傷を負わせてしまう可能性があるからできない。
そして、切り取れる時間もだいたい長くても3分程度なので、慎重に文代さんの希望に沿う場面を選ぶ必要がある。
私は今一度その確認を行うと、更に場面を進める。
場面は先ほどふみちゃんとけんちゃんが徒競走をしていた田舎のあぜ道を映し出していた。私が考えている間にも映像は進んでいたらしく、先ほどの悪ガキのようだった二人は少しだけ大人へ近づいたような面持ちをしている。
深刻な表情をしたけんちゃんがふみちゃんに話しかける。
「ふみちゃん!どういうことだよこの村を出ていくって」
「うん……お父さんのね、転勤が決まったの」
「ふみちゃん、この前約束しただろ!ずっと一緒にいようって」
「うん……ごめんね。その約束守れそうにないかも……」
私が映像を見てきた限り、幼少期のふみちゃんは無邪気で明るくいつも笑顔の女の子のようだったが、今回は終始暗い雰囲気をしてボソボソと話していた。
「何でだよ、ふみちゃん……そうだ!」
けんちゃんは何か閃いたらしく、その顔を明るい表情に変えてふみちゃんに言う。
「うちの子になればいいんだ」
これは名案だ、そう言わんばかりにふみちゃんに言うけんちゃん。しかし、ふみちゃんはその言葉を聞いて一瞬目を大きく開いてから、一度ゆっくりと左右に首を振った。
「できないよ……。そんなこと、だってお父さんもお母さんも好きだもん。離れたくないの……」
「そっか……どうしても出て行っちゃうんだね」
「うん……」
「いつ頃村を出ていくの」
「明日には新しい家にいく」
けんちゃんはふみちゃんの言葉を聞いてしばらく考えてからニコっと笑って言う。その口元は笑っているが、目からは止めどなく涙が流れている。
「僕……ぼく、この村でふみちゃんを待ってるから。いつまでも!絶対に!」
けんちゃんはふみちゃんの返事も聞かずにそれだけ言うと走って去っていく。足の速いふみちゃんなら簡単に追いつけるだろうが、それを追うことはせずに、その場でうずくまった。
私は慌てて一時停止ボタンを押す。
おそらく文子さんが記憶を忘れたのはこのシーンだと思ったからだ。
私は一度このシーンの冒頭まで慎重に巻き戻しを行う。
深刻な表情をしたけんちゃんがふみちゃんに話しかける。
―――――― 切り取り ――――――
私はここで今まで一度も使っていない左側に配置されたボタンの中で一番大きいボタンを押す。
これは記憶の切り取り開始ボタンだ。
誤解のないように、記憶のコピー開始と言った方がいいだろうか。
先ほど私が見た、けんちゃんとふみちゃんのやり取りが再度繰り返される。
そしてうずくまるふみちゃんの場面で、再度そのボタンを押した。
―――――― 切り取り終了 ――――――
私は慌てて右側のボタンでOFFにしてヘルメットを脱ぐ。
そして、体の各所についた吸盤を時間が惜しいように急いではがすと、「ガシャポン」に向かう。
私がこの装置を開発した時に見た目は「ガシャポン」のようだと表現した。
しかし、この装置は見た目だけではなく、その操作方法も「ガシャポン」そのものである。
なじみ深いハンドルを1周ほど時計回りに回すと「ガシャポン」の中から上半分が透明で、下半分が色付きの容器が排出された。
これは先ほど私が文子さんの記憶を切り取ったものが封じ込められたもので、私はこれを「夢球」と名付けた。
「夢球」はその容器を開くときに一度だけ中の記憶を追体験できる。
私は無事に「夢球」が排出されたことを喜ぶと、今も眠っている文子さんが起きるのを待つことにした。
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