3-6 当然でしょ。言うまでもないことね

「お。何か見えるっすよ!」

 

 先頭を歩いていたチーカが前方を指差しながら言った。

 ゆるやかな丘陵の先を見やると、確かに白い建築物が密集している場所が見えてきた。

 あれが全体マップにアイコンで表示されていた町なのだろう。

 

「あそこについたら、アイリアは復活するよね?」


 ナルが心配そうな口ぶりで聞いてきた。俺にとっても、アイリアが居ない状態でモンスターがうろつくフィールドを移動するのは不安だ。防御力が弱いナルにしてみればなおさらだろう。

 しかし3D酔いから回復するにはしばらく安静にする必要がある。ここで無理をしてアイリアに脱落でもされたら、それこそ冒険の続行は困難になってしまう。


「いや。アイリアはすぐには復活できないじゃろう」

「え……どうして?」


 ナルに聞き返されて、俺はもっともらしい理由を説明しなければならなくなった。


「彼女は……猫神様の存在に疑問を持っておったからの。信仰心なくして、復活の恩恵は得られぬ」

「そ、そんな――」


 俺のでまかせを聞いて、ナルはショックを受けたようだ。彼女の表情は不安というより、友達の安否を本気で心配しているようにみえた。俺は少しだけ罪悪感に苛まれた。

 

「案ずるな。猫神様は慈悲深い。時間はかかるが、いずれ復活をお許しになるじゃろう」

「う、うん。わたしも猫神様にお願いしてみる!」


 そう言うとナルは目を閉じて手を合わせた。

 俺も歩きながら、少しでも早くアイリアが3D酔いから回復するよう心の中で祈っていた。


 町の入口に着くと、視野の中央に「エデラの町」とダイアログが表示された。

 軽く見渡すだけでも数十の建物が軒を連ねており、オリゴン村とくらべて少なくとも数倍の規模であることがわかる。町の中に足を踏み入れると、人々の賑やかな喧騒が押し寄せてくる。集団で談笑する女性たち、猫と遊んでいる子ども。行商人や、荷車で木箱を運んでいる人も見える。


「おー、活気のある町っすねー!」


 チーカは走り出して、うきうきと周囲を見回している。これだけの数のNPCを見るのは初めてだろうし、テンションが上がるのも頷ける。


「新しい町についたら、最初にやるべきことは何じゃ?」


 俺が問いかけると、チーカはちょっと考えてから「ポータルのアンロック!」と答えた。よかった。少しは記憶力があるようだ。

 彼女は町の出入り口の近くに円形の石版があることを確認すると、たーっと走って上に乗り、アンロックを完了させた。これでこのあとパーティが全滅したとしても、この場所から復活できる。漠然とした不安感が解消され、俺はほっと安堵のため息をついた。


「商店街がある!」


 ナルが喜びの声を上げた。町の中心を貫く通りを見ると、確かにいくつかの店が並んでいる。商店街というほどの規模ではないが、オリゴン村の装備屋に比べたら、遥かに充実した商品ラインナップを期待できるだろう。

 メインストリートの入り口で店舗を構えているのは、武器屋、防具屋、道具屋、宿屋などだった。細かなクエストをこなしたり、雑魚を倒して経験値かせぎをする場合などは、何度も町とフィールドをいったりきたりするものなので、これらの店はアクセスのよい場所に配置されるものなのだ。本来ならば次の戦いに備えて装備品を買いたいところだが、値札を見ると3000~5000RIVの商品ばかり。竹の鎧でも2000RIVの価格が設定されている。いっぽう現在のパーティの所持金を確認すると約800RIV。ろくなものは買えはしない。

 いずれ報酬額の大きなクエストをこなしてRIV稼ぎをしなきゃならんなと思いながら歩いていると、ナルが宝飾店の前で足を止めた。店先のショーウィンドウに目が釘付けになっている。恐る恐る近づくと、そこには色とりどりの宝石を散りばめた金細工が並んでいた。首飾り、ブローチ、腕輪、アンクレットなど、様々な種類がある。値札を見ると武器や鎧よりもさらに桁が1つ多い。誘われるようにチーカとマイラも歩み寄った。


「これ、ほしーなー」

 ナルはエメラルド色の宝石が埋め込まれた指輪をじっと凝視しながらつぶやいた。

「諦めるんじゃな。所持品を全部売り払ったとしても買えん額じゃ」

 俺が無感情にさらりと返事すると、ナルは潤んだ目で訴えるように俺を見た。いや、そんな目で見ても無理だし。

 

「まったく愚かね。所持金が限られている以上、実利性の高いものを優先すべきでしょうに」

 カリサは冷たく言い放つと、綺羅きらびやかなアクセサリーには目もくれず、隣の薄暗い店へと入って行った。看板を見ると、材料屋と書いてある。なるほど。彼女のクラスは錬金術師だ。アイテムを作り出すスキルを持っているが、材料がないことには何もできない。錬金術師としてのスキルを生かせるようにすることは、パーティ全体にとっても有意義だろう。

 店内には所狭しと棚が並んでおり、昆虫や爬虫類の入った籠や、木の根や種が詰められた瓶などが置かれていた。無造作に積まれた木箱からは、小動物がうごめく物音と鳴き声が聞こえる。マイラは気分を悪くしたのか「うっ」と呻くと出て行ってしまった。

 奥に進むと、カリサが店主に指示をして、商品を袋に詰めさせていた。


「しめて480RIV。錬金術師としての最低限の材料セットよ。構わないでしょ?」

 そう言って彼女は俺に料金を支払うよう促した。パーティ共有の資金を使おうというのに、相談する気など毛頭ないようだ。しかし今後は彼女にも戦闘に参加してもらわなければならない。

「スキルをパーティのために使うと約束できるじゃろうな?」

「当然でしょ。言うまでもないことね」

 カリサの態度は相変わらずだったが、こいつのひねくれた性格が改善されることなど期待しないほうがいいだろう。俺は諦めて支払いを許可した。


 材料屋を出てしばらく進むと、メインストリートの終わりが見えてきた。そこには尖塔のある石造りの建築物が建っていた。形状はオリゴン村の教会に似ているがひと回り大きく、重厚な扉の上には厳かなステンドグラスを備えている。そしてさらに近づくと、尖塔の先に特徴的な形状の紋章が描かれていることに気がついた。狼をあしらったその意匠には見覚えがあった。

 そう。王冠山の坑道から宝石を奪い去った男が身につけていた服に描かれていた紋章だ。

 俺たちはついに手がかりへと辿り着いたのだ。

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