3-1 私なんかよりずっと可愛いよ!

 2度目のCMタイムが終わると、俺は再びオリゴン村の広場に立っていた。

 さっきまでの人間視点に比べると、猫の短い四本脚で立っている状態なので、地面すれすれから周囲を見上げている感じだ。

 アイリアはすでにスタンバイを終えていて、俺を見ると会釈した。さすがは律儀な真面目キャラだ。

 続いてカリサ、ナル、マイラの姿も出現し、おのおの前後に歩いたり、体を回転させたりし始めた。コントローラの感度を試しているのだろう。

 アイリアは少し間をおいてから、視聴者のために次の目的をアナウンスした。


「エザーの振る舞いを見ると、どうやら我々をどこかに導こうとしているようだ。王冠山の坑道から宝石を奪い去った男に関係しているかどうかはわからないが、着いていってみようと思う。依存はないか?」

「意義なーし!」


 ナルが右手を挙げて学級会のノリで同意を示した。相変わらずカリサはそっぽを向いているが、マイラも頷いている。ん?

 俺はようやく1人足りないことに気がついた。

 そのとき視界の下端にプライベートチャットのコールサインが表示された。発信元はディレクターの大場、発信先はパーティーメンバー全員だ。


「えーと、大場です。お疲れ様です。チーカさんですが、急用で少し遅れるそうです。先に進めておいてください。以上」

「……えーっ!!」

 

 俺も含めて全員が同時に驚きの声を上げた。飲み会じゃあるまいし、遅れて参加なんてアリなのか?

 いやさすがに――生放送の番組に穴を開けるくらいだから、きっとやむを得ない事情があるのだろう。急病とか、強盗とか。

 それよりこの状況を視聴者に納得してもらって、番組を進行させなければならない。

 俺は必死に頭を回転させて言い訳を考えた。チーカのクラスは忍者……そうだ!


「これからは危険な旅になるかもしれぬからの。念のためチーカには隠密行動をとるように指示した。今も近くで姿を消しておる」

 

 俺は遥か昔、実家のテレビで見ていた水戸黄門を思い出しながら重々しく語った。記憶は曖昧だが、たしか忍者の弥七だけは黄門様一行とは別行動をしていたはずだ。


「おお。さすが忍者!」

「まったく気配を感じさせないとは!」


 ふう。仲間も話を合わせてくれた。これでチーカが遅刻してきても、なんとか辻褄を合わせられるだろう。

 俺たち四人と一匹は、エザーの後を追いながら、オリゴン村を出発した。


 前回は西寄りの王冠山へと向かったわけだが、今回エザーは北東の方向へと向かっている。

 俺はメインメニューを開き、全体マップを確認してみた。

 最初は大陸の南端にあるサリア村から出発し、少し北にあるオリゴン村まで到達したわけだが、今後は大陸の東海岸に沿って北上していくことになりそうだ。

 俺たちはエザーを先頭にして、その後にアイリアと俺が続き、縦列隊形で歩き続けた。

 パーティーメンバーが増えるとゲームシステムは難易度を自動的に調整するため、以前よりも強いモンスターと遭遇する可能性が高くなる。アイリアが操作に慣れつつあるとはいえ、チーカの不在は不安材料だ。

 

 しばらくすると警戒することに飽きたのか、ナルが歩調を緩め、最後尾のカリサに並んだ。

「ねえカリサ、よかったら友達にならない?」

 

 おおーっ、さすが陽キャ代表。話し掛けるなオーラを放っているカリサに対し、物怖じせずストレートに切り出した!


「いいえ。結構よ」

 しかしカリサはそっけなく突っぱねる。

「そうなの? でも仲間になったんだし、友達になったほうが楽しくない?」

 ナルは諦めずに引き下がる。

「たまたま目的が同じだから、同じ方向に同じ速度で歩いているだけよ。別に仲間じゃないわ」

「う……」


 さすがのナルも取り付く島もない返しには言葉を失った。


「だいたい、番組の趣旨としても私たちは仲間ではなくライバルのはずよ。いずれ蹴落とさなければならない相手と仲良くしてどうなるの?」

「いやあ、別に蹴落とさなくてもいいと思うけど……」

「それは、あなたが可愛いからでしょ」

「え?」

「あなたは可愛いし、スタイルがいいし、性格も明るい。あらゆる点であなたより劣っている私は、他人を蹴落とすことでしか勝ち目がないのよ」

「そ、そんなことないよお。カリサちゃん、私なんかよりずっと可愛いよ! ね、デオロン!」


 え? 俺? そこで俺に振る?

 そんなの好みの問題だろが!

 俺は黙秘を決め込んでいたが、ナルは諦めない。

 

「デオロン、男性としての意見を聞かせてよ」

「わしは猫じゃぞ。人間の雌なぞ、みんな同じに見えるわ」

「えー、ひどい!」


 酷いことあるか!

 

「だいたい人間は視覚に頼りすぎじゃ。猫は見た目よりも嗅覚と聴覚で相手を識別しておる」

「ふーん、そうなんだ」

「うむ。おならを隠そうとしても無駄じゃぞ」


 俺がそう言うと、みるみるナルの顔が赤く染まっていった。


「……え? ちょっとー! プラバイバシーの侵害!」


 ナルが顔を真赤にしながら俺に襲いかかってきた。俺はひょいと身をかわすと、ナルの両手は空をつかんでよろめいた。

 もちろん実際にはプレイヤーが放屁したとしてもゲームシステムがそれを感知することはない。しかしこれほど慌てている様子を見ると、おそらくナルはこっそりやらかしているのだろう。

 

 ナルはぜーぜーはーはーと息を切らして俺を捕まえることを諦めると、ふたたびカリサを振り返った。

「あ、カリサが笑ってる!」

 ナルに顔を覗き込まれると、慌ててカリサは表情を打ち消した。しかし手遅れだった。

「なーんだ。カリサも笑うんだねー。ひひひ」

 ニヤニヤしながらナルがひじでぐいぐいとカリサの体を突くと、カリサの頬が赤く染まった。

「わ……わらってないわ」

 目をそらしたカリサの様子をみてクスりと笑うと、ナルは満足そうに隊列へ戻った。

 友達になることはできなかったが、関係性が一歩前進したことに満足したのだろう。

 

 気をとりなおして前を見ると、先頭のエザーが前脚を揃えて座り、俺たちを待っていた。

 よく見ると、地面に石碑が立っていた。

 表面には謎の文様が描かれていたが、マウスでクリックすると「賢者の部屋」と表示された。

 しかし周囲を見回しても、特に部屋のようなものは見当たらない。


「賢者の部屋とは、どういう意味だ?」


 そう言いながらアイリアが石碑に触れると、突然足元の地面が消失し、俺たちは地の底へと落下してしまった。

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