CMの時間 その2
俺は「Intermission」という文字をしばらく呆然と見ていたが、コントローラから両手を引き剥がすと、VRゴーグルを取り外した。2回目のCMタイムが始まったのだ。
ついさっきまで、長閑な農村に仲間たちといたのに、今は小さな会議室にひとりぼっちだ。
どっと疲労感が押し寄せてきた。
テレビ局が貸してくれたゲーミング環境は、俺の自宅にある廉価版モデルとは違いプロ仕様だ。香りディスプレイのついたゴーグルや、フォースフィードバックのあるコントローラ、ボディソニックが搭載されたゲーミングスーツ――。慣れていないということもあるだろうが、脳が受け取る情報量が多い分、疲労感が強いように感じる。
「おつかれさん!」
背後の扉が開き、笑みを浮かべながら大場が現れた。奴もディレクターとして生放送を成功させるため、東奔西走して相当忙しいはずなのだが、疲れは全く感じていないようで、相変わらずのハイテンションだ。
「ほれ、差し入れ」
と言って缶コーヒーを投げてよこす。俺はパシと受け取ったが、熱くて慌てて持ち直した。
「アイリアの問題発言、大丈夫だったのか?」
俺は缶コーヒーのプルタブをペシッと引きながら聞いた。
「ああ、あれね、まったく問題なし」
大場はしれっと答えた。
「特定の個人や製品が批判されたわけじゃないからな。あのあとチャットコーナーは盛り上がったし、トレンドを聞きつけた新規ユーザーもやってきて、視聴数は伸びたよ。スポンサーにとってプチ炎上は、むしろ大歓迎ってわけさ」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ。視聴者数こそすべてさ。とくに今回みたいなリアリティ番組の場合、視聴者が期待しているのは予期せぬハプニングだからな。平和になにごともなく進行するほうが、むしろ最悪といえる」
なるほど。俺は今まで、ゲーム会社が公式チャネルで配信しているような、完成度の高い理想的な番組にすることが正解だと思っていたが、そうではないらしい。出演者たちを萎縮させず、自由奔放な行動を促してやるほうが、結果的には面白い番組になるということなのだろう。
「だが、アイリアは反感をくらって、票を減らしたかもな」
「いや、そうでもないぞ。これが最新の投票数だ」
大場はポケットからスマホを取り出すと、画面に表示されている集計表を俺に見せた。
1位、ナル 132票
2位、チーカ 124票
3位、アイリア 117票
4位、マイラ 115票
5位、カリサ 50票
「ナルの1位は想定どおりだな。あのポロリは芸術級だった」
大場は当該シーンを脳内にイメージしながら下品な笑い声を上げた。
「映像倫理的には大丈夫だったのか?」
「ああ。お前が身を挺して隠してくれたこともあるが、ギリギリ見せない彼女のテクニックは見事だ。チラリズムのプロだな」
チラリズムのプロなんてあるのか!?
芸能界ってわりとこわい世界かもしれない。
「チーカはバトルで活躍するようになってから順当に票を伸ばしたな。いっぽうでマイラは2回も死んだせいで登場シーンが減ってしまったのが痛かった」
カリサは登場したばかりなのでこれから増えるだろうと考えると、割と先の読めない接戦になっているようだ。
「あのさあ、この得票数って本人たちは知っているのか?」
「いや。まだだ。次回のCMの際に初めて公表される。その後は修羅場になるから覚悟しておけよ」
「え……」
「アイドルデビューできるのは1人だけだ。いつまでも仲良しごっこはできないってことさ」
それだけ言うと、大場はスチャッと敬礼して部屋を出ていった。
時計を見ると、CMが終わる時間が迫っている。
俺はぐいっと缶コーヒーを飲み干した。
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