2-7 あなたたちに出会えて、よかっ……
「敵襲だ! 集合!」
視界の悪い場所で戦う際に気をつけなくてはならないことは、背後をとられ、各個撃破されてしまうことだ。
それを避けるには、まず陣形を縮小し、耳をすませて敵の位置を把握すること。
ナル、マイラ、そしてチーカの姿は確認した。
俺がアイリアの位置を把握しようとしたとき、耳をつんざくような甲高い獣の咆哮が鳴り響いた。
「きゃぁっ!」
続いて悲鳴!
しまった、アイリアが襲われた!
俺は声のした方角へ移動するよう仲間に目配せをすると、自分も全速でダッシュした。
倒れ伏したアイリアの腕と脚に、2匹のモンスターが噛みついていた。
ネズミに似た形だが、大きさは俺(猫)よりもでかい。
頭上には敵を示す赤いネームタグで「ドブネ」と表示されている。
俺は背中を高く持ち上げて「シャーッ!」と威嚇した。
しかし奴らは無視。
ネズミのくせに生意気な!
「こいつぅーっ!」
駆けつけたチーカがドブネに斬りつける。
クナイがドブネの体を見事に貫き、その体は四散した。
さすがは忍者だ。
木々が密集した森の中で、誰よりも俊敏に動いている。
生き残ったもう1匹のドブネはアイリアに噛みつくのを止め、新たな襲撃者に狙いを定めた。
チーカはバックステップで距離をとる。
敵の注意を自分に引き付け、負傷したアイリアから引き離そうという作戦だろう。
アイリアのライフゲージを見ると、残り10%。
「マイラ、回復魔法を頼む!」
俺はそう叫ぶと、チーカを支援するために、自分もアイリアとは逆の方向に走った。
ドブネは耐久力こそ低いが、敏捷さはジャラシの比ではない。
ちょこまかと動き回り、チーカのクナイは何度か空を切っていた。
俺が敵を惑わすために木の幹や枝の間を飛び回っていると、どこからかノリのよい音楽が聞こえてきた。
なんの音だ?
音源の方角を見ると、ナルが音楽に合わせて奇妙な動きをしていた。
両手のVサインを手前に突き出したり、頬に当てたりしながら、全身をくねくねとさせている。
ダンス?
いや、例えるなら、動画共有アプリに女子中学生が投稿しているような踊りだろうか。
「たあっ!」
背後でチーカの声がした。
ようやくドブネはクナイの餌食になり、光の粒となって砕け散った。
ほっと安堵し、額の汗を拭うチーカ。
忍者にとって有利な地形だったとはいえ、今回のバトルでは大活躍だった。
あとで褒めてやらなくては。
その時、例の音楽が止まったかと思うと、ナルの声が響き渡った。
「ファイヤーボム!」
同時に爆発が発生し、轟音と熱風が俺たちを襲った。
俺がとっさに顔を覆った前足を恐る恐るどけると、先程までドブネがいたあたりの草木が黒焦げになっていた。これがナルの舞踏魔法か。
「ごめんごめん。舞踏魔法の発動って15秒もかかるみたい」
やはり先程の奇妙な踊りは、魔法を発動させるためのシーケンスだったらしい。
別にふざけていたわけでも、頭がおかしくなったわけでもなかったようだ。
「すっごーい。ファイヤーボム、すっごーい!」
チーカが興奮してぴょんぴょんと跳ねている。
今回は無駄撃ちだったが、敵の数が多いバトルでは、範囲攻撃は心強い味方だ。
なにはともあれ危険は去った。
俺はアイリアの様子をうかがいに、元の場所へと戻った。
ライフゲージは相変わらず10%だったが、彼女は元気そうに立っていた。
しかしその傍らで横たわっているのは――マイラ。
「ドブネがもう1匹現れてな。すぐに倒したんだが、マイラはやられてしまった」
――ったく。
だから革の鎧にしろと言ったのに。
俺たちが走り寄ると、マイラはまだ接続が維持されている状態だった。
ネット回線の具合によっては、たまにこうゆうことがある。
アイリアがマイラの手をとる。
「マイラ、死ぬな!」
「あ、ありが、とう。あなたたちに出会えて、よかっ……」
言い終わらぬうちに回線状況が改善したらしく、マイラの体が光の粒となって分解した。
「マイラー!」
泣き崩れるアイリア。
演技が過剰すぎてわざとらしいが、それでも演じようという心意気は評価したい。
ポカンとしていたナルもようやく状況を察したらしく、悩ましげなポーズをとった。
無駄に色っぽい。
いっぽうチーカは……笑っている。
「だいじょうぶ。また復活できるっすよ」
心で思っても口に出すなよ!
やっぱりこいつを褒めるのはやめておこう。
*
茨の森を抜けると視界が開け、山頂が王冠のように凸凹とした山が姿を現した。
その麓には小さな集落があり、目的地アイコンは、ここを指し示していた。
おそらく鉱物資源の採掘をする基地となっている場所だろう。
俺たちはゴツゴツと岩肌が露出した道をたどって、次の目的地へと近づいていった。
集落にはいくつかの木造の家屋のほか、鉱石を砕いたり、精錬したりする施設があったが、人の姿は見えなかった。ほとんどの家屋は荒れ果てて放棄されており、生活感も無い。
「お店もないし、宿屋もなし。つまんないっすー」
チーカがあからさまに残念そうな表情を浮かべている。
つまるとかつまらないとかの問題じゃないだろがと心の中で悪態をつきながら集落の奥へと進むと、たった1軒だけ、戸締まりのされた石造りの家があった。
「もしもしー」
声をかけても返事がないのでアイリアが木の扉を開けて中に入る。
薄暗い内部は、なんとも異様な雰囲気が満ちていた。
中央の机の上に所狭しと並べられている瓶の中には、乾燥した植物や昆虫の死骸が詰められている。壁は古い書物で埋め尽くされており、さながらマッドサイエンティストの研究所、あるいは魔女が呪いの薬を作っているような場所だ。
「なにか御用かしら?」
暗闇から声がして、俺たちは心臓が止まるかと思った。
本棚の間から、のそっと紫の影が現れる。
それはロングコートを身にまとった妖艶な少女だった。
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