2-6 うしろ、はだけてますよ
オリゴン村を出ると、俺たちは目的地アイコンが指す西へと向かった。
凶暴化した猫がいるという王冠山は、この先にあるはずだ。
「凶暴化した猫が人を襲っているらしい。もしかしたら、猫神様の守護が失われてしまった原因と関係があるかもしれない。西にある王冠山に向かうぞ!」
いつものようにアイリアがクエストのあらましを解説した。
途中から番組を見始めた視聴者に配慮してくれるのはありがたいが、まるで小学校の演劇発表会のようなセリフ回しだ。アイリアの愚直さは好きだし、アイドルになる夢を叶えてほしいとも思うが、残念ながら演技の才能については諦めたほうがよさそうだ。
その後につづくマイラの足取りは心なしか軽く、浮き浮きとしている。
先ほど着替えたばかりのメイド服は黒く地味なデザインだが、膨らんだ袖や、短めのスカートの裾でひらひらと舞うフリルは少女趣味的だ。よっぽど初期装備の神官衣が嫌だったのだろう。
パーティ共有の金で買った装備なのだということはわかっているのだろうか?
メイド服のぶん、たっぷり働いてもらうからな!
しばらく進むと地平線の彼方に王冠山の山頂が見えてきた。
しかしその手前には広大な森が広がっており、一筋縄ではいかないようだ。
木々は深く生い茂っており、見渡しが効かない。アンブッシュしているモンスターに急襲されることを避けるためには、陣形を小さく保ち、警戒しながら進まなければならないだろう。
ただ、実際に森の中に入ってみると、有利な点も見つかった。
俺、つまり猫の存在だ。
足場を見つけて跳躍することで人間よりも速く移動することができたし、幹を登り、枝の上から周囲を見渡すこともできた。今までずっと人間たちに見下されていただけに、初めて猫として優越感を感じることができた。
人間にとってさらに厄介な問題もあった。
この森では大きなトゲのある蔦が繁殖しており、木の幹や根に幾重にもからみついている。
うまくトゲを裂けながら歩かないと、傷だらけになってしまうような状況だった。
「あんっ!」
小さな悲鳴が聞こえた。
ナルだ。
彼女の衣装は、この茨の森を歩くには明らかに不向きだった。
大きく優雅に広がった袖や裾が、ことごとくトゲにひっかかり、無数の裂け目を作ってしまっている。
俺が心配して近づくと、すでに右側の裾には大きな裂け目ができており、彼女の白い足が、つけね近くにまで露わになっていた。
「ああんっ」
生地が破れる音とともに、再びナルの喘ぎ声が聞こえる。
今度は左の袖がトゲにひっかかってしまったため、胸元が大きく露出してしまっていた。
俺は猫なので人間の女性の体には何の興味もないはずなのだが、2つの隆起が形成する谷間の美しさに目を奪われ、しばし硬直してしまった。
数秒の後、意識を取り戻す。
いかんいかん。
流石にこのままでは可愛そうだ。
なんとか解決策は無いかと思いナルを見ると、どうも違和感があることに気づいた。
体の動きに無駄がありすぎるのだ。
そしてしばしば、特定の方向へちらりと目線を送っている。
その先にあるのは……カメラ!
――こいつ、わざとやってる!
俺は全身の力が抜けるのを感じた。
一瞬でも彼女の不運に同情した自分が滑稽でならない。
セクシーショットによってフォロワーを増やしたい彼女にとって、茨の森は脅威どころか渡りに船だったのだ。
「ナルさん、ちょっと待ってください。うしろ、はだけてますよ」
背後からナルを呼び止めたのはマイラだった。
「あ、ありがとう」
ナルはまんざらでもなさそうに礼を言った。
すらりと伸びた白い足が膝上までむき出しになったことで、前よりもセクシー度が上がっている。
マイラが爽やかな笑顔を返す。
俺は何だか胸が熱くなった。
アイリアを「筋肉質」などと言ったり、チーカの子ども体型を揶揄したりなど、遠回しに人気を落とすようなまねをしていた彼女が、今では仲間のことを気遣っている。
初戦で即死したことで仲間に迷惑をかけたことや、メイド服を買ってもらったことが、彼女の中の何かを変えたのだろうか。
人は、変われるんだな――。
俺がなんとなくそんな想いにふけっていると、「あっ!」という声が聞こえた。
マイラがナルに歩み寄ろうとしたとき、なにかに躓いてしまったらしく、体のバランスが崩れたのだ。
とっさにマイラはナルの服を掴んでしまったようで、ナルの服はそのままズルっと腰の下まで下がってしまった。
まずいっ!
このままでは子供の視聴に適さない映像が、カメラに映し出されてしまう。
俺は反射的に全身の力を込め、ナルの胸元目がけて跳躍する。
カメラの視野を遮るように、四肢を広げて彼女の胸にぴったりとしがみついた。
「いったぁ~」
転んで腰を打ったナルが声を上げたが、どうやら最悪の事態は避けることができたようだ。
俺は守るべきものを守りきったのだ。
周囲をキョロキョロと見回して状況を察したナルは頬を赤らめたが、てへっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ブラジャー代わりに猫を貼り付けている構図は、セクシーショットとしてまんざら悪くないと悟ったのだろう。
ナルが服を直そうとし始めたので、俺は名残惜しさを振り切って彼女の胸から飛び退くと、地面へと着地した。
「ご、ごめんなさい! とっさにへんな所をつかんでしまって」
「いいのいいの。ありがとね」
マイラは服をつかんでしまったことを謝ったが、これまでの彼女の行動を鑑みると本当に偶然なのかどうか怪しいものだ。
俺がマイラの顔色をうかがおうとしていたとき、周囲で葉がこすれあうような音がした。
神経を集中し、音源の位置を特定する。
敵だ!
すでに囲まれている!
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