2-8 猫の従者になるつもりはありませんので
「これは失礼。勝手に入ってしまって申し訳ない。我々はこちらのデオロン様のお供をして旅をしている者だ」
アイリアは軽くお辞儀をすると、その少女に自己紹介をした。
少女は足元から見上げている俺に気づいたが、蔑んだ目で一瞥すると、再びアイリアへと視線を戻した。
「わたしは、カリサ。ここで錬金術の研究をしているわ」
そう言うと、彼女はコートのフードを上げて顔を見せた。
さらりとした紫色のボブヘアが印象的な美少女だ。
目つきはきりりと鋭いが、その奥で紫色の瞳が宝石のように美しく輝いている。
頭上のネームタグはもちろん青。
プレイヤーキャラクターだ。
彼女は両手を濃紺のコートのポケットに突っ込み、不服そうに俺たちの顔を見渡した。せっかく研究に集中していたのに、よくも邪魔してくれたなと言いたそうな表情だ。
「このあたりで猫が人々を襲っているらしいと聞いたのだが、知っているか?」
アイリアが聞くと、カリサは頷いた。
「アーダノ坑道の猫ね。おかげで鉱夫たちは、みんな逃げだしてしまって。今この集落に残っているのは私だけという有様なの」
カリサは部屋の壁の大半を埋め尽くす書架を指さして見せた。
「では、アーダノ坑道へ向かうとしよう。どうだろう、お主も一緒にこないか?」
アイリアの誘いに、カリサは一瞬の躊躇を見せた。実際には彼女の参加は決定事項なので断ることなどできないのだが、隠遁して研究に打ち込んでいるキャラクターを演じているということなのだろう。
「……そうですね。ただし、猫の従者になるつもりはありませんので」
そう言ってカリサは意図的に俺とは逆の方向に顔を向けた。
――うーむ。
猫嫌いという設定なのかもしれないが、腹の立つ態度だ。
見てろよ。いつかおまえんちのトイレットペーパーをズタズタにしてやる!
「構わない。あくまで自由意志として同行していただければ結構だ」
険悪になりそうな雰囲気を、アイリアが打ち消してくれた。
いかんいかん、いちいちカリカリせずに、大人の対応をしなければ。とにかく5人目の仲間が加わったのだ。大場から聞いていた参加者の人数も5人。つまりこれで全員がそろったことになる。この仕事の終わりが近づいたということは喜ぶべきことじゃないか。
彼女の職業は錬金術師(アルキメスト)と言ったか。戦力としては期待できないが、アイテム合成スキルは何らかの役に立つかもしれない。
「坑道の中は暗いので、これを使うといいわ」
カリサは各自にランタンを配布した。
俺のぶんは無いが、これは別に猫を差別したわけではないだろう。そもそも猫はランタンを持てないし、夜でも人間の5倍の視力があるから問題ないのだ。
*
集落から王冠山の山頂に向けてしばらく進んだところに、アーダノ坑道の入り口はあった。
周囲には鉱物の採掘に使われる道具や荷車などが放置されているが、人の気配は無い。坑道の高さと幅は同じくらい。ちょうど人が頭をぶつけずに歩けるほどの大きさしかない。
ギリギリまで近づいて奥を覗くと、内部に照明らしきものは無く、真暗な通路がずっと続いていた。
「わしは夜目が効くから先頭を行かせてもらおう。アイリア、照明を頼む」
「かしこまりました」
俺は先陣を切って坑道の中へと脚を踏み入れた。現実問題として、俺は先頭を行くしかないのだ。視界の中に仲間が持つランタンの光が入ってしまうと、俺の瞳孔は細く収縮してしまい、暗闇を見ることができなくなってしまう。
坑道はゆるやかに下りながら真っ直ぐに続いている。
「ねえ先輩。もしかして、猫が苦手なんすか?」
沈黙が耐えられないのか、チーカが緊張感の無いことを言い出した。新参者に対する儀礼的な質問らしい。
「猫、かわいーじゃん。モフモフして」
ナルが追従すると、カリサはため息をつき、迷惑そうに答えた。
「あなたたちには、それがあいつらの策略だってことがわからないのかしら?」
「さ、策略?」
意外な返答にチーカが聞き返した。
「可愛い素振りを見せたり、猫なで声で甘えたり。その結果、餌をもらって、立派な寝所を作ってもらって。人間は言いなり。気づかないうちにあいつらに支配されてるのよ」
「……いやあ、はは。それはちょっと考えすぎじゃ?」
ナルが自信なさそうに答え、同意を求めるようにチーカへ視線を送った。
「たしかに、言われてみればそんな気も……」
チーカはうんうんと頷いている。
「えーっ、そんなことないよう。ないって言ってえ」
ナルは同意を求めるようにチーカの装束をつかんでひっぱったが、相手の反応は冷たい。
「あのデオロンだってさあ。猫かぶってるだけで中身はおっさんだし、あたしらのことエロい目で見てるし」
見てねーよ!(たぶん)
てゆうか本人に聞こえてるところで他人の陰口を叩くな!
「くれぐれも、騙されないように気をつけることね。私があなたがたに同行する理由は猫を助けたいからじゃないの。悪い猫をぎゃふんと言わせるためよ」
カリサは当然でしょといった口調で持論を続けると、ナルは返す言葉を失ってしまい、しばしの沈黙が訪れた。
そのとき、坑道の幅が広くなり、前方に薄明かりが見えた。
「何かある、ランタンを消せ!」
俺は低い声でそう指示をだすと、目を凝らして前方にあるものを見極める。
ちょっとした広間のような場所に天井から光が差し込んでいて、石造りの舞台のようなものが見える。
そしてその上では、トラを一回り大きくしたような大型の猫が鎮座し、俺たちを睨みつけていた。
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