第9話 魔女の要求

 ハルに慰められてから数分が経過した。私の心のすさみも治り気を取り直す。

「ハルありがとう、優しいね」

『あるじ、すき』

 ハルの優しい触手に黒髪を撫でられながら例の偵察パーティーに向き直る。男達は一様に私と相対してからの姿のまま動く事はない。

「石化状態って任意で解除する事は可能なのかな」

 私はハルを蹴飛ばされた怒りと衝動に任せて魔女の特殊スキルである【魔眼】を使用した。すると文字通り石のように彼奴等きゃつらは動かなくなった。石像化すると想定していたのでこのようにアイテム、服装そのままにいてくれるだけでうんと楽だ。

「よし、ハルこの男の人達のアイテム全部奪っていくよ」

 悪い事すると如何して心が昂るのかは私は知らない。多分これは復讐心を晴らす行為に似ているからだろう、もっとも学者は復讐行為によって得られるものは何もないのだと定説したらしいが本人にとって至高最上級の爽快感が味わえるのであればそれで良いのではないかとも考える。

 最も一番脳汁からドーパミンを放出し続けているのは私であるが。

 静止したままの男達の身体を試しに触ってみた。鍛えられた人間の筋肉特有の皮膚の頑丈さと掌を埋める柔硬にゅうこう感が凄い。やはり冒険者というのはしっかりと体を鍛え作ってなる職業なのだろうと考えてしまう。

 この状況下で筋肉を触診されている男とそれを見守る男等は何も反応はしない。石化している彼等はどんなに叩いてもつねって声も上げなければ反応も返さない不完の像である。それならば彼等の装備している鎧や革服も容易に脱がせるのだ。【アイテムボックス】に男達の武器装備やアイテムを放り込む。男達の装いは普通の男性のなり、もしくは武器を持たない冒険者グループへと変わった。

 服も奪ってしまおうかとも考えたがそれは倫理違反だと思い服の下に身につけている暗器や小さなナイフを回収するだけに留まった。

「石化は如何やったら解けるかな?」

 奪い終わった男達の前に立ち私は悩んだ。ハルは私が男達の鎧を外している間に一人で高く跳ぶ練習をしていたが悩む私を心配してか足元に寄ってゼラチンの頭を擦り寄せて慰めてくれる。

「ありがとうハル、こっちにおいで」

『うん』

 ハルを抱き上げて震える手をこの子に密着させる。ハルは震える手が面白いようで触手で伸びた手で戯れる。

「石化よ解けなさい」

 己がかけた【魔眼】が解けるよう念じると今まで動かなかった偵察パーティーの面々が一斉に動き出し己の消えた武器と装備を確認して再度驚愕きょうがくに目を見開いた。そしてそれをした私に確信を持って怒りを向けて口を開いた。

「やっぱり魔王じゃないか!よくも騙しやがったな!」

 武器もない彼等はただ私に不満をぶつけて睨むだけだ。力関係と人数じゃあ私の方が負けてしまうのに彼等は非力である事を確信してそれしかしないのだ。

「まずは謝罪をお願いします」

 語気を強めた私の言葉に男達は騒いだ口を閉じた。

「俺達が何をしたっていうんだよ!」

「私のスライムを蹴り飛ばした方がいますよね?」

 更に語気を強めて話せば気迫に男達は後退する。

「主従契約した私の大切なスライムを蹴りましたよね、ラミットさん。これは私に攻撃したと同意義だと思うのですが、如何思われますか?」

 名指しをして伝えればラミットはたくましい体をビクつかせて素直に謝罪してくれる。第一関門は突破した。次は私がしたかったもう一つの事をこの人達を巻き込んで行うのだ。

「謝罪が済んだら次です。皆様方にはこのいきどおりを抑えてもらう為に私をスノウズの街へ案内してもらいます」

 魔王を自分達が活動している街に案内する、それを破壊と恐怖のカウントダウンだと考えを巡らせたらしい彼等はみるみるうちに怒りから絶望に色を変えた。

「ま、魔王様……!スノフラーズ王国はやっと国として成り立ち、スノウズもやっと街として軌道に乗ったところなのです……!どうか亡国ユミルシアのようにしないで頂きたい」

 亡国ユミルシア、そんな国は私にとって知る由もない魔王に奪われた土地なのだろう。

「私はただ人間として街を訪れたいだけです。危害なんて加えませんのでご安心を」

 笑顔を浮かべたところで信用はしてくれない。

「そもそも、案内なんて俺達は出来ません!この森を武器無しで抜けるなんて死ぬようなもんです!」

「魔物の襲撃が怖いのならば私が安全を保証致します。保証取引の代償がスノウズの街の案内と私の護衛です。街で私を見た住民の騒動を鎮静ちんせい化し安全を保証して下さい。それの保険が皆様方の武器防具等です。お願いしますね」

 ここでしてもらうことを前提に話さないと悪役としてボロが出る。

 冒険者としての尊厳を傷つける事を意味する願いに男達は肩を落とし、崩れる者も出てきた。何故こんな事をするんだと言いたげだったリーダー格の男に言葉を紡ぐ。

「皆様方にはお子さんはいませんか?」

「もし皆様方に子供がいて、何もしていないに突如として魔物に傷つけられてしまった。それを知った時その魔物に怒り傷つけられた子供の悲痛と己の憤りをまとめて懲らしめようと、折檻せっかんしてやりたいと思いはしませんでしたか?皆様方は私に対してそれをしたのです。種族が違えど、善悪によって差別されても根底にある守りたいものは同じでしょう?私は今日皆様方にそれを理解し尊厳を損傷する事によってこの日の怒りを無かった事にしたいのです」

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