第8話 魔女は怒る
最初の第一印象はまずまずだ。というよりも相手側は目を見開いて固まっているご様子。
「えー、急にこちらから話しかけして申し訳ございませんでした。先程皆様の会話が聞こえてきたものですからもしかして私かなと思い参りましたが……間違いでしたでしょうか?」
私の言葉を理解しているようだった。男達は目の前に居る私を前に互いにアイコンタクトをして頷き合う。
「い、いぃえー!魔王様直々に会いに来て下さり誠に感謝しております」
魔王。確かにリーダー格らしき男性は私を前にそう敬称した。やはり黒髪で赤い瞳の人間は唯一無二で、魔王しかいないのだろうか。
「嗚呼すみません。私実は魔王ではありません、確かに魔王と似た容姿をしておりますが人畜無害の一般女性です。ですのでそう敵意有り気な手を下ろしてはくれませんか?ラクにしてください」
男達は脂汗を流した。私の言葉を一切信用しておらずいつでも武器を構えられるよう手を腰元やアイテムバッグの開け口に備えていたのがバレないとでも思っていたのだろう。
「ありがとうございます。それでは改めて自己紹介をしましょう。私の名前はヨメタニです。事情があってこんななりをしておりますが一般人です」
お辞儀をしてニコリと微笑むとリーダーの男は一人で話す。
「そうか…………。俺はルイだ、このパーティーのリーダーを務めている。奥から魔法使いのダリア、剣士のラミット、弓使いのハイドだ。俺達は地元のギルドマスターからの依頼で昨晩森で強大な魔力の気配を察知した事による偵察を依頼されてここに来た。勿論危害は加えない、安心してくれ」
その言葉に安堵して念話でハルを呼ぶ。あとはこんな格好の私を街まで案内してくれるかどうかだ。
「あの、もし差し支えなければ私を街まで案内していただけないでしょうか?」
「え?…………あぁ」
「まだこの国に来たばかりで服も皆様と違ってみっともなくてですね、街まで案内してくだされば身なりも相応になって皆様にご迷惑をおかけしなくて済むと考えております。ご検討くださいませんか?」
相手はその言葉に不思議な顔をするが私の申し出を承諾してくれた。
「わかった…………取り敢えずこの森に用は無くなったので俺たちも一度街に戻ります。一緒について来てください」
再度安堵する。これで私にとっての災難がこんなにも穏便に済んだからだ。私は草むらから出て来るハルを待つ。
「どうしたんだ?」
「いえすぐそこに待たせている子がおりまして」
そうルイさん一行に話しているとタイミングよくスライムが顔を出して私の所まで近づいて来てくれる。
「あ、この子です」
名前をハルとつけておりまして、非常に利口で聡明なスライムなんですよ。そう説明したかった数秒前にルイさんとは別の剣士が私のハルを蹴り飛ばした。名前をなんと教えてもらっただろうか、思い出せない。思考が今停止して次なんて言えば良いのか分からなくなっている。いや彼の名前なんぞ如何でもいい。
今私が秘めた感情を表に出してしまおう、此処はもう私の知る現実世界でも社会でもない、違う世界だ。抑圧していたものを少しでも解放しなくて何が転生だろうか。そうだきっとこういう事がしたいから皆々様はこの妄想と夢のある素晴らしくて楽しい生活を求めるのだ。
それならば私も順応しようじゃないか、それは私の敵意をもって。この少し厳しい世界に悪名を広める事を承知で。
覚悟してからは行動が早かった。ハルを蹴り飛ばした名前を忘れた男に掴みかかり目を合わせる。男は何だと顔を顰めていたが私が掴み掛かった意味を理解すると顔を青ざめて瞳孔が小さくなる経過をよくよく見た。
「ラミット!」
嗚呼そうだラミット。リーダーさんとは別の剣士のラミットさん、ちゃんと覚えておかなくてはいけない。
仲間の動きが止まった事を理解したパーティーメンバーは私を脅威と認識して武器を構えた。振り返った私は一同を睨めつけると彼らはじり……と身動ぎした後、永遠と動くのをやめた。
「…………」
私の第一印象は悪い魔女で始まってしまった。でも仕方がない、あれはラミットさんが私の話をきちんと聞いてくれなかったのが悪い。ラミットさんが雑魚だからとハルが私の従魔と知らずに足蹴にしたのが悪い。魔物が人間と共存していない世界が悪い。
飛んでいったハルは何が起きたのか分からない様子で走ってくる私に飛びついた。スライムの肌に靴跡がなくてまずまずと安心したが罪悪感が酷くいつもよりも強くハルを抱きしめた。
『あるじぃ?なにしたの?』
「そう言う時はね、どうしたの?って話すんだよハル」
『どうしたの?』
「さっきの人たちに怒ったの」
『こわくなかったよ』
「うん……。ハルは蹴られて痛くなかったかい?悲しくなかった?」
『うん。ソラにちかづいてたよ、あるじミた?』
「うん。…………ごめんね」
『なんで?』
「ごめんねっ…………」
『どうしたの?』
『あるじぃ、いタいのォ?』
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