第7話 魔女と対峙するのは危険である

 翌朝目を覚ました私は現在の状況を見て仮説その1である明晰夢説を抹消した。顔前に広がるは大自然と昨日今日と活動域の中心である湖のある地点。腕の中には昨日私と会話する事が出来るようになったスライムのハル。そして衣服は昨日より大分蔦紐つたひもが解けてきている葉衣はごろもだ。これにより私の仮説その2である異世界転生説が立証された。

 つまり帰る術もなく私はまだ何も分からぬ国で暮らす事となった。夢みる若者同様に何か己自身が尊敬され優遇されるようなスキルやイベントごとがあれば話は別だがこの世界は私の異世界であって、そんな優しい世界ではないことを想定して色々衝撃やいざこざに備えなければいけない。

 昨日得た情報のおさらいをしよう。私の名前はヨメタニハルカ、二十七歳の女性でこの世界では魔王と容姿が似ている事から魔王と呼び間違えわれるだろう、昨日の少年が実例だ。これから私は魔女として名が知れる事を視野に慎ましく行動することを目標にする。次に昨日出会った小さなスライムを可愛がったことで共に行動することになった。実質的に私の子供もとい従魔のスライム、ハルはかなりの食いしん坊でブルーヒールキノコという回復作用のあるキノコの食べ過ぎにより【回復薬生成】のスキルを手に入れ私と会話が出来るようになった天才だ。

 そして昨日出会った少年のラルゴは私を魔王と一度恐れたが森のおやつであるタレアカボウを食べに来たところを引き留め私の固有スキルである【魅了】で一時的に恐怖軽減をし会話交渉に応じてもらった。ラルゴから得た情報はいくつもあり一つ目は少年は孤児院出身であること、二つ目は私が今居る場所はスノフラーズという最近建国された国のスノウズという街の近くの森であること。三つ目はこの世界は魔王が支配しており人間は魔王を恐れていること。思い出せることはこれくらいだ。

「今日は何をしようかな。魔法の攻撃パターンの練習もしたいけれども、やっぱりこの葉衣作り直してからの方が良いかな」

 ハルがまだ寝ている手前声は張らないが呟くには少し音が森に響いた。

「かぶれはしなかったみたいだけどいつまでもオーガニックすぎる素材で過ごすわけにもいかないからなー。…………少年また訪れに来ないだろうか」

 あの少年が採取クエストの手伝いをしてくれれば私と会う可能性が少しだけ高くなる。私と会えば魔女は友好的なのだと再度証明して少年の友人親御さん中心に話が広がれば私のことを少しでも恐れずに話しかけてくれるだろうなんて、甘い考えがすぎるな。

「ハル、そろそろ食事にしないか?昨日の食料を新鮮なうちに食べてまた採りに行こう」

 優しくゼラチンの肌を撫でるとモゾモゾと動き私の腹に頭突きをする。寝惚けているところが愛くるしい。

「良い子だね、さあーぁ起き……」

 昨夜寝落ちるわずかな時間で私は肌で風とは別のナニカを感じとった。あれは多分魔力と似たような温かみがあり、アクションゲームで雑魚を一掃する時のような快感を誘発させる興奮剤の香りがあった。結局正体は私を喰らおうと狙う夜行性の魔獣であったので私は己の魔力を周りに放出するイメージをもって彼奴等きゃつらに対抗すれば魔力の強さと勢いに怯んで手出ししてこなくなったので今日まで朝を迎える事が出来た。

 しかし今感じた香りは私のところに複数体で近づいているのを察知する。魔力を蓄えた正体不明の生物が私に近づいてきている。昨晩は魔獣であったが朝方に行動する魔獣とは一体どんななりをしているのだろうか。もしかしたら人間かもしれない。この世界の人間も魔法を扱えるかもしれない、ならば今近づく香りは人間であってもおかしくはない。人間はある意味で知的好奇心のある魔法生物だからだ。

 淡い期待を胸にハルを抱えて香りを辿る。

「ハル。人間に会えたら幸運だよ、もしかしたら交流の末にスノウズの街に入れるかもしれないよ。嗚呼でも人間じゃなかった場合も考えないとだ。朝方に行動する魔物といえばなんだろうなハル。もしかしたら昨日のゴブリンが仇討ちに来ているのかもしれないな。だったら午前はゴブリン狩りで決まりだな」

 辺りも警戒しつつ歩み続ける。森は段々静かな空気から暖かく歓談している空気に様変わりする。それにつれて興奮してしまいそうな香りが強くなる。

『あるじ、ココはどコ?』

 ハルの質問に口を開いて答えることが難しい。もし私とハルが【主従念話】というものが使えなかったらお互い思いを伝えられず苦しい思いをしただろう。

『おはようハル。今はね森を移動しているんだよ、会ってみたい存在が近くに居るから少しだけ大人しくしていてね』

『わかったヨ』

 話の分かる獣魔は助かる。心を穏やかにして香りを探ると己の聴覚からでもその存在を感じ取る事が出来た。すぐ近くに居るのだ。

「ダリア、例の魔力は感じとれるか?」

「はい、すぐ近くに居るでしょう」

「マスターも子供一人の戯言たわごと鵜呑うのみにしやがって」

「でも本当にあの子おかしくなったらしいよ」

「とにかく偵察してイケそうだったら狩る。いいな?」

 野太い団結の声が鼓膜に響く。偵察?もしかして私だろうか。ならば私からおもむけば予定が早く済むのではなかろうか。

『ハル、一応ここに隠れていてね』

 抱いていたハルを地面に下ろしてその場に居るよう指示をする返事は無いが利口なこの子だから心配ないだろう。

『先に調べてくるね、安全になったらおいで』

 そう伝えて私は木々を抜けて人間の団体様の姿を見つけて追いかける。ガサガサと草むらを移動するので彼方の方々は警戒している。これは見つかっての第一印象が重要だ。なるべく人畜無害で、社交的に振る舞おう。

「どうもーー、初めまして」

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