ボクへのプレゼントはあ?

「さあってと。今日のおしごとは終わったし」

 ケイさんの改造プレゼント作業で手に付いた汚れを落としてから、マスターが意味ありげな笑いを浮かべてこちらに手を差し出した。リボンの色がピンクになってる。

「はい、ミケ☆」

「なんでありますか?」

 なんとなく意図は読めているが、一応吾輩は問い返した。

「あるんでしょ。ホワイトデーのプレゼント。早くちょーだい。ちょーだいったらあ!」

 マスターは全身で跳ね回って、エサをねだるヒナよろしく吾輩からプレゼントをせしめようとする。

「そうは言いましてもねマスター。昨日一昨日と、吾輩がなにかしているように見えましたか? お互い秘密なんて持てないでしょう? 四六時中一緒にいるんですし。寝るのも同じ部屋ですし」

「ええ~!? バレンタインだってチョコあげたじゃない~!」

 マスターのご不満ゲージが跳ねあがってしまった。リボンの色が黄色味をおびてくる。

「それだって吾輩に手伝わせて……というか、ほとんど吾輩が作ってましたよね? それで結局ほとんどご自分で食べてましたよね? 吾輩はチョコレート食べられませんし」

「そりゃそうだけど、こういうのは挨拶じゃない! ミケはボクに日ごろの感謝とかないのぉ?」

 マスターが地団駄を踏んでいる。こういうマスターの姿を見るのも面白いと、吾輩も最近感知できるようになった。しかしまあ、ものには限度があるという。

「……なんてね。実は夕べ、マスターがお風呂入っている間にひと仕事しまして」

 そう言って吾輩は、ふところに隠していた小さな包みをマスターに差し出した。

「やたっ! やっぱミケはいい子だね☆ 開けていい?」

「もちろんですとも」

 吾輩の返事を聞くのももどかしいとばかり、マスターはさっそく包みをほどいた。

「わあ、クッキー♪ ありがふぉ、ミフェ」

 感謝の言葉も終わらないうちに、マスターは吾輩からのホワイトデープレゼント、手作りクッキーをほおばった。

「んぐんぐ……ん~、いつもながらおいしー☆ ミケはお菓子もお料理もおいしーんだよね。やっぱ隠し味は愛情?」

「単に分量から手順まで、コンマ単位で正確に作っているからでしょう。その日の気温とか湿度とかに合わせて、補正もしていますし」

「ちぇー。ロマンないのー」

 吾輩の返事に若干の不満を残しつつも、マスターはあっという間にクッキーをたいらげた。その目が次なる獲物を求めて素早くまたたく。

「カイチョーは? プレゼントないの? 義理チョコあげたでしょ?」

「それも吾輩が作ったものですが」

 軽くツッコんだ吾輩の耳を引っぱりつつ――ちなみに人間と同じ耳ではない、ロボ識別用に頭に付いている猫の耳――、マスターは会長殿にブツを要求した。

「もちろんあるぞ。……今贈った」

 会長殿がなにか含みのある笑みで学生端末タブレットを操作した瞬間、マスターのポケットの中から着メロが響いた。

「なに、電子デジタルデータなのぉ? って、うげ」

 自分の端末を見たマスターが、口を半開きにしたまま固まった。吾輩はなんとなく横から覗きこんでみる。

 各教科の問題集だった。

「フッフッフ、知っているぞ。中等部への進級試験、ギリギリだったろう」

 会長殿が地獄の底から響くような笑い声をあげる。

「高等部となるとさらに難度は上がる。ロボ研の未来を担う人材がこれでは、将来大いに不安が残る。今から新年度まで、私がマンツーマンで鍛えてやろう」

 ――そう、マスターはこの4月が来れば晴れて中学生。しかしこの学園、小中高大の一貫教育とはいえ、温室エスカレーターではない。進級試験、落ちる人は落ちる。そこをクリアするために、まあひと騒動あったわけでして。

「やだー! 勉強キライー!」

 感情が決壊したマスターが、次の瞬間はたとこちらを見た。あ、これはナイスアイデアを思い付いた時の顔。

「そだ! ねえ、ミケが教えてよう☆」

「却下である」

 吾輩に抱きついたマスターを、会長殿が引っぺがした。ちなみにこちらは成績優秀。高等部への進級試験も余裕である。

「ミケではうまく言いくるめられて結局サボるのが落ちだ。ロボは人間には逆らえないのだからな」

「ひまわり様、頑張りましょう。ケイも微力ながらお手伝いいたします。素質はあるはずです。なんだかんだでミケは造れたわけですから」

 ケイさんが感情に乏しい声をかけた。はげましているのだか、突き放しているのだか、いまいち謎。

「うえ~ん! バラ色の春はどこぉ?」

 マスターの魂の嘆きが、人の少ないロボ研究会室にむなしく響きわたった。

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