4.焦燥のルーク

翌週、ボイストレーニングを受けたあとAIとのチェスゲームにのめり込んでいる私のもとに白田が駆け寄ってきた。

彼の見せてきた映画の主演女優のオーディションが開催のサイトの見出しを見た時、私の握りしめていたスマートフォンは地面に転がり落ちた。

一瞬心臓が止まるような緊張を感じた後、心臓がバクバクと音立てて私の小さな体を揺さぶった。

映画のタイトルは「群青の蝶々」。

母である姫路青璃主演の伝説の青春映画のリメイク作品だった。

何としてでも主演女優の座を手にしなくてはならない。私はこの映画に出るために生まれてきたのだ。かつて感じたことの無い燃え上がるような使命感と重いプレッシャーを感じずにはいららなかった。



私は血の滲むような努力を続けた。寝る間も惜しんでレッスンに励む過酷な日々を繰り返した。

しかし、その合間もママの秘密を知るために女王との密会は続いたのだった。

群青の蝶々の主演女優の座を必ずつかみ取ること、彼女は私の野心に深い感銘を受けてくれた。

トップをつかむために彼女にたくさんのアドバイスをもらった。

チェスの対局は相変わらず私の敗け続きではあったが、かなりいい場面まで彼女を追い詰めたことは一度や二度ではなかった。

もう少しでママの秘密に近づける。私は女王と、私自身と戦い続けた。



日夜の努力は実を結び、オーディションは順調に進み私は他の候補者四人のみの最終選考へと進むことが決まった。

しかしそこには秋葉恋青、彼女の名前もあった。しかし、これはチャンスだ。彼女を打ち負かし私がトップ女優になる最大の舞台なのだ。

最終オーディションの当日、控室で他の候補者たちが殺意に近い集中力を迸らせる中、秋葉恋青は一人ずつに挨拶をして回っていた。


葵さん。日ごろから尊敬しています。でも私敗けませんからね。」


彼女の幼気な面影が残る端麗な顔立ちからは想像もできぬような本物のオーラを感じた。しかし、同じ苦汁の日々を重ねてきた女優同士だからであろうか、その瞳の裏には何とも言いえぬ愛おしさに近い女のシンパシーを感じずにはいられなかった。


「こちらこそよろしく。絶対負けないから。」


私たちは憎悪と尊奉を込めた固い握手を交わした。その時の彼女の手の温もりは暫くの間、私の掌に残り続けた。

私は全身全霊出せる力を出し切った。

もう思い残すことはないほどに。



後日、事務所に通知が届いた。映画〝群青の蝶々〟の主演が決まったことを知らせる便りであった。


主演女優は秋葉恋青。


私の野望はいとも簡単に音を立てて砕け散った。

私の心臓の奥では激しい絶望とやり場のない焦燥感が蠢いていた。

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