5.破壊のビショップ
今日も私はラムルルージュで女王と対局を行っていた。
「葵ちゃん、よく頑張ったわね。結果は思わしくなかったけど……あなたの女優人生はまだ始まったばかりじゃない?切り替えていきましょう。」
ルークを攫み上げた手先が震え大粒の涙が盤面に滴り落ちた。
「私が群青の蝶々のリメイクに出れるチャンスはもうこれが最後なんです。あれだけが、あれだけが唯一の私の生きがいだったのに。もう何もかも終わったんです。」
私はテーブルに突っ伏し今日まで押さえつけていた絶望の嗚咽を漏らした。
それを見た女王はゆっくりと立ち上がり、母のような優しい瞳で私を静かに抱擁した。
「それがあなたの全てだったのね。泣かないで葵ちゃん。言ったでしょう?私があなたをトップ女優にしてあげるって。」
彼女は自身の白のビショップを取り上げると私の右手にそっと握らせた。
「これは女王の魔法のビショップ。斜めから敵をしとめる悪夢の死神。これを姫に託すわ。でも戦いは短期決戦なの。勝負は明日。
決めるのはあなたよ。」
彼女から受け取った重みのあるビショップに小さな切れ込みが入っていた。
今日の対局はあと一歩まで追い込んだが、彼女の戦略勝ちでステールメイトで引き分けに終わった。
翌日の深夜私は黒のヴェネチアンマスクを被り黒のセダンに揺られていた。今日の行き先はラルムルージュでは無い。
秋葉恋青に会いに行くためだ。
ビショップの中には激しいアレルギー反応を引き起こす特殊な薬品が入っていることを三枝木から聞かさていれた。
これを顔をの一部に浴びれば一時的に彼女は表舞台から姿を消す。
もう後戻りは、できない。このチャンスを逃したら一生後悔が残るだろう。
私は悔いはしたくない。ここですべてが決まるのだ。
薄暗い路地の前で私たちの車は音もなく停車した。
後部座席のドアを開けようか一瞬逡巡した私に三枝木はこう言った。
「チャンスは一度だけです。お姫様、どうか後悔のありませんように。」
その時、不健全な福音が心臓の奥で鳴り響き私の中の最後の良心を完全に覆い隠してしまった。
私は素早く車を降りると路地の中央にマネージャーと共に佇む恋青に真っすぐ向かっていった。
私たちの姿を捉えた恋青のマネージャーは私たちの顔をみると静かに身を引いた。
彼の噛み締めた唇にはから自分の掛け替えの無い担当女優を裏切ることへの自身の不甲斐なさを嘆いていることが痛いほどよく解った。
女王はこの男に一体どれ程の報酬を払ったのであろうか。つくづく恐ろしい女である事を骨の髄まで痛感させられた。
一人だけ状況を理解していない彼女は不安げな顔で自身のマネージャーを見つめていた。
「マネージャーさん。この人は……」
恋青が口を開いた瞬間に私は賺さず左手に隠し持っていたビショップを振りかぶり、液体をを彼女の顔に浴びせた。
中身の液体を顔中に浴びた彼女は膝から崩れ落ち、手に持っていた飲み物の缶が音を立てて地面に飛び散った。
それを確認した瞬間、私は無我夢中で駆け出していた。
薄暗い路地裏に恋青の絶叫が響き渡った。
「なんで……助けて……痛い痛い……」
車に駆け込むと同時に三枝木がアクセルを踏み込み車は急発進した。
去り際に目の淵に入った恋青の姿は凄惨極まるものだった。
彼女の整ったが顔面が白煙を上げながら醜く焼け爛れていた。
その姿を目にした私は彼女に浴びせた液体が自身が思っていたものより遥かに恐ろしいものであったを意味していた。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。
しかし、後悔してももう遅い。全て終わったのだ。
私は三枝木からもらった抗不安剤をあおり、そのまま帰路についた。
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