第23話 既に過去最高の同接


ダンジョン前に来ると既に配信者っぽいのが山ほどいた。

そして溝谷を見るなり詰め寄る。


「溝谷さん。先日は助っ人を連れてくるとの話でしたが」

「あー、連れてきたぜ」


俺を横目で見てくる。

取材は受けとけと言われたので名乗っておく。


「西条 樹です」

「と、言いますと?!今話題のナイトさんですか?!」


その問いに答えたのは溝谷。


「いーや。違う。別人だからもう騒がないでやってくれ」


すごく自然にそう言ってのける。


次の質問をしてくる配信者。


「では、ナイトというのは誰なのでしょう?」

「知らない」


そう言って俺に目を向けてくる。

ダンジョンに行くぞ、という意味だろう。


俺も同時にダンジョンに向かって歩き始めた。

そうしてダンジョンに入ると。


ルートが何本かに別れていた。


「左の道を行け。一番楽な道だ」

「いいのか?」

「あぁ。事態は一刻を争う。お前が深奥まで到達して山野を助けろ」


頷いて左の道へ走る。


ここからはいつも通りやればいい。


ある程度階層を進んでから俺は配信を開始した。

いつも通り鎧に身を包んで。


"珍しいなこんな時間に配信なんて"

"まだ昼だぞ?"


そんなチャットがすぐに更新されていく。


特に何も喋らずに進み続けると、相変わらず本名ネタに触れてきたやつがいた。


"西条本人がナイトではないって否定したけど、結局別人なの?"

"ソースどこ?"

"Sランク冒険者の溝谷がそう言ってた。んで西条は今溝谷と行動してるってさ"

"え?じゃあ周りに溝谷がいないとおかしいけど、いないよな?"

"つまりナイト=西条説は間違ってる、ってことだな"


俺と溝谷の計画通りそういう方向に持ち込めた。


あいつの言ってた通り信頼はあるようで、みんなあいつの言葉を信じているらしい。


ここで俺も最後の一押しをしておくことにする。


「タニンノナマエヲダスナ(他人の名前を出すな)」


"やっぱ、他人なんだ"

"ナイト。個人名を出すの禁止しとこうぜ"


そのコメントを見て俺は配信の概要欄を開き、個人名を出すことを禁止、という文を書き足した。


"じゃあ学校も違うのか?"

"どうなんだろうな?ボールペン、貰ったとかなのかな?"

"言うほど学校の名前入りのボールペン貰うか?"


そんなチャットが続く中、俺はダンジョンの通常エリアをクリアした。


"もう、通常エリア終わりかw相変わらず攻略RTAしてんな"

"だって、モンスターに会っても全員10秒持たずに死ぬんだから、そりゃ速いよなぁ"


目の前にはデカい扉があった。


この先が深奥と呼ばれるエリア、か。


"深奥エリアか。配信で見るの初めてだな"

"そもそも深奥エリア自体が発見されたの最近だからなw"


と、そのとき。


¥50,000円

ユラッチとはようやく離れる覚悟ができたかな。

いい判断だよ。

ナイトが捨てても僕が幸せにするから安心してね。



またユラッチ関連のコメントが来ていた。


"ガチ恋やばない?"

"今までの配信見てたらナイトがユラッチに興味無いのは分かるだろw"

"これだからユラッチファンはw"

"ユラッチも清楚系で売ってるから仕方ないw"


身バレでいちばん怖いのはこれだよなぁ。

ユラッチの過激派ファンがいることだ。


住所とか特定されたら何をされるか分からないし、全力で鎮火させなくてはならない。


ギィッ。

扉を開ける。


"ゴクッ……"

"こっから深奥エリア、だな"

"深奥エリアって配信されたことあったっけ?"

"ないはず"

"じゃあ史上初の深奥エリア配信になんのかなこれ"

"歴史的瞬間かよw"


そんなチャットを見ながら俺は階段を下る。

俺にとっても初めての深奥エリア。


警戒しながら進むと、すぐに階段は終わった。


"ここが深奥エリア、か"


目の前に広がるのは紫色の空間。

今までいた通常エリアとは変わって、禍々しい感じだ。


まるでゲームの世界にきたようだ。

現実世界にこんなダンジョンがあったなんて知らなかった。


"雰囲気あるなぁ"

"やばそう"

"やばいとこってもう見た目で分かるよな"


さて。

ここからはまったく情報がないし慎重に行くか。


薄暗い道をゆっくり歩いていく。

突然モンスターが出てきてもイヤだし。


"あのナイトがスピード落としたな"

"やっぱ知らない道ってだけでやばいんだな"

"ほんとに未知だからなぁ"


今まで見たことの無いタイプのコメントが見えた。


"Knight?(ナイト?)"

"え?外人?"


英語のコメントだ。


日本人なら日本語で入力するだろうに。

わざわざ英語ってことは海外の人か?


「YES(うん)」


でいいのか?


"翻訳でコメントするよ。海外まで君の名前は届いてるよ"


英語でチャットされたらどうしようかと思ってたけど、考えすぎだったらしい。


てか


(海外まで名前届いてんのかよ……はぁ……)


勘弁して欲しいな。


"日本の冒険者イツキはすげぇ!ってみんな噂してるよ"


しかも本名が届いてんのかよ。

どうするんだよこれ。


そんなことを思いながらコメントを見ていると


"私の住む地域では深奥は既に攻略されたよ。そこに出てくるのはとても強いモンスター"


さっきの外国人がまたコメントしていた。

どうやら海外は既に深奥を攻略したらしい。


その情報を共有してくれようとしているようだ。



"どの国も深奥の攻略には最低4パーティほど必要だったよ。私の住む国では5パーティで挑んだ。ナイト。君はそんな場所にソロで向かってる。いくらなんでも甘く見すぎだ"



ゴクリ。

緊張に唾を飲み込んだ。


そんなに厳しい場所なのか。

チラッ。

今降りてきた階段に目を戻す。


帰りたい。

とか思うけど。


"ナイトは一人で数人分の力あるからなぁ"

"見てくれよ世界。ナイトはひとりで十分だぞ"

"日本最強の冒険者。舐めたらあかんで"


リスナーは俺の実力を盲信しているようだ。


(はぁ、お腹痛くなってきた。負けれないやつじゃん。そんなに期待して欲しくないんだがな)


そう思いながら足を動かす。


ちょっと弱気になったけど、思い出す。


(山野パーティ助けないとな)


"日本のリスナーは冷たいのか?ナイトのことをなんだと思ってるんだ?勝てるわけないじゃないか、ひとりで"


俺の身を心配しているのは名前も知らない外国人だけだ。

日本人のリスナーはほとんど俺の実力を信じているようだが……。


(俺ただの一般人の学生なんだよな……)


歩いてると扉の前まで来ていた。


最初のボス戦かな。

ギィッ……。

ちょっとだけ扉を開けてその先を見てみた。


すると、そこには見たことの無いモンスターがいた。


"なんだ、あれ?なんか黒いモヤが出てるけど"

"新モンスター?"

"クソ強そう"


中に視線を戻す。


(あれ、いない?)


そのとき!


(やばっ!)


垂れ流しの殺気を感じて跳び下がった。

その瞬間。


ドゴーン!!!!!!


(扉が吹き飛んでったぞ?)


「グルルルル……」


双頭の犬のようなモンスターがキョロキョロ。


(俺を探してるのか?とりあえず息を殺そう)


「グルゥ……」


しばらくすると中に戻っていく。


チラッ。

コメントを見てみよう。


先程の外国人がなにかアドバイスでもくれるんじゃないか、と思って。


"なんだ、あいつ?"

"扉消し飛んだぞ?"

"マジでヤバそうじゃんこれ……"


ジョニー:名前をつけたよ。双頭、か。あれはオルトロスだね。深奥エリア限定のモンスターさ


先程までランダム生成の適当な名前だったものがちゃんとした名前に変わってた。


ジョニー:深奥のモンスターは強い。撤退すべきだ。ナイトが強いという話は聞いてるけどね。日本は数年もの間ずっとダンジョン後進国。先に深奥エリアを進んでる先進国としての忠告さ。ちゃんと聞くべきだよ


"切り抜き見たことないのか?ドラゴンもソロだぞ?"


ジョニー:切り抜きは弱いボスを相手にしてただけだろ?誰でもできるよ。同じモンスターでも個体差が出るからね


(オルトロスか。たしかに強そう。帰りたいよ俺)


深奥エリア。

やはり一筋縄ではいかなさそうだな。


それと、その時気付いた。


(えーっと、同接。1万人?いや、違う)


いち、じゅう、ひゃく、せん、まん。


同接は今までに見たことないくらいの数字。


10万人だった。


更にどんどん増えていく。


"初見です。これが深奥エリアちゃんですか?

"真昼間から同接10万超えってやばくね?"

"俺は休みだけど、皆さんお仕事や学校はどうしたんですか?"

"仕事しながら見てるよ"

"授業中にサボりながら見てるよ"

"俺んとこはむしろ先生が見せてくれてる"

"草。どういうこと?"

"授業の教材でこれ以上にいいものないからって。ってか先生が見たいからって言ってる"

"おっとぉ?!先生?!"


なんでそんなに俺なんかの配信見に来るんだよ……ブラウザバックしてくれよぉ……。


しばらくすると見覚えのあるアカウントが見えた。


ユラッチ:私の学校も今見ていいって言ってくれてるฅ( •ω• ฅ)深奥エリアの配信なんて日本初だからだって!


まじっすか。

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