第16話 配信環境が整った!うれしい!

扉を開くとフロアの真ん中には馬鹿でかい女蜘蛛がいた。


こいつがスパイダークイーン。


"すげぇ、スパイダークイーン初めて見たわ"

"でけぇ"


チャットではスパイダークイーンに対するコメントが増えていく。


"ナイト糸に気をつけろよ。何人もの冒険者がそれで命を落としてるからな"

"即死コンボがあるからな。マジで気をつけて欲しい"


俺は頷いて剣を構えた。


んで、蜘蛛を見て告げる。


「クルガイイ」


"お前が行くんちゃうんかーい"

"いや。お前が行け"

"スパイダークイーン「それ私のセリフ」"

"【悲報】ナイカスどちらが挑む側かを理解していない"

"ボス部屋入ってボスが来るの待つやつ初めて見た"


チャットを見て思い出す。

そうだ。俺が挑む側だった。


「コイ」


蜘蛛は俺との距離を測りながらジリジリと近寄ってくる。


"ちょ、待てw来いと言われてボスも近付くのかよw"

"さぁ、どっちが先手を取るか"


チャット欄で実況が始まる。

俺とスパイダークイーンの勝負の行方について議論が始まる。


が、その前に


「シャッ!」


蜘蛛が動いた。


シュルルルル!


口から糸を吐き出してきた。

それは俺の方に向かってきた。


剣を振りその糸を断ち切ろうとしたけど。


グルン!

その糸に巻取られた俺の剣。


(切れない?)


グッ、グッ。

力を入れてみても糸から抜けそうにない。


"バカナイト。なんで避けないんだよ。今のは避けるしかないぞ"

"終わったわこいつ。武器なくなった"

"さよならナイト。スパイダークイーンの対策知ってるのかと思ってたけど"

"あー、終わりましたわこれは"


そんなチャットが流れていく。

スパイダークイーンもどうやら勝ちを確信したようで。


「シャッ!」


俺に向かってドタドタと走ってきた。


シュン!

前足を突き出して攻撃してこようとした蜘蛛だけど。


(遅いな。スピードが足りない)


ガッ!

俺はその前足を片手で掴んだ。


ブチッ!

根元からもぎ取る。


「ギャァァァァァァァァァ!!!!!」


叫び声を上げる蜘蛛。


ぽいっ。

もぎ取った足を投げ捨てた。


チャット欄が動揺を始める。


"こいつついに剣捨てやがった……"

"なんやこいつ……剣なくてもいけるんかよ"

"えぇ……(ドン引き)"

"おいこのゴリラ止めれるやつおらんのか?"

"こいつやっぱ騎士じゃなくてゴリラやん"


スタタタタ!!!!

蜘蛛が逃げようとしたけど


俺はそれを追う。


「ニゲルノカ?」


ガッ!

蜘蛛の足をまた掴んだ。


「ギガッ!」


振り向く蜘蛛。

この時俺は知った。


この蜘蛛。

俺を見て恐怖に顔を歪めているようだ。


モンスターも恐怖するんだな。


ぶちっ!

また足を引き抜いた。


「ギガァァァァァァ!!!!」


ドタッ!

その場に転げ落ちる蜘蛛の頭に足を載せる。


「ジゴクデマッテロ」


ぐちゅっ!

足で蜘蛛の頭を踏みつぶした。

完全に絶命する蜘蛛を見てからチャット欄に目を戻す。


"死なないでスパイダークイーン!"

"冒険者スパイダークイーンが死んだ!"

"フロアボスのゴリラが生き残ってるぞ!"


(えぇ……?逆だよ?)


そんなチャット欄を見て俺は先程取られた剣を引き抜くと歩き出す。


ボス部屋の奥の扉を開けるとその先には転移結晶と呼ばれる、好きな場所に転移できる結晶が置かれていた。


それを確認してから俺は。

少し時間があるし質問タイムを設けることにする。


「シツモントカアレバ」


そう言うとチャットがめちゃくちゃ更新された。


"どうして冒険者になったん?"


そんなことを聞かれたので答える。


「イモウトノタメニ」


"やっぱりシスコンなのか"

"期待通りだったわ"


俺のイメージはこれでもう確定したようなもんだろう。

シスコンの学生。

それがナイトの中身というふうに。


"ちなみにこの前リカポンの配信に出てきた謎の冒険者=ナイトって言われてるけど同一人物でおk?"

"確定っぽい。ネットでは有名な話になってるからな"

"動画比較してた人いたけどあの謎の冒険者とナイトと剣の振り方同じらしい"

"同じ流派とかじゃなく?"

"我流だよこれ"

"うわ、まじか"

"リカポンはそれで誰がナイトなのかを特定したらしいし"

"うわぁ、よく見てるよなぁ"


(ん?リカポンは俺の剣の振り方知ってるのか?どういうことだ?)


しばらく考えたけど答えは出ない。


時間も経ったし、そろそろ切り上げようとしたがその時。


「ん?」


俺の向いた方に見慣れないものがあるのに気付いた。

それに近付くと。


チャット欄もそれに気付いて盛り上がる。


"なんだこれ?階段か?"

"このダンジョンのラスボススパイダークイーンだろ?終わりじゃないのか?"

"まだ下があるんか?"

"ラスボス『下で待ってるで』"

"どうすんのや?ナイト"


俺の判断を待つようなコメントの中ユラッチが出てくる。


ユラッチ:ナイトのいいとこ見たーい(*´ `*)


"ユラッチにも言われてるぞナイト"

"でもユラッチじゃなぁ"

"シスコンの心にはユラッチの言葉じゃ届かないんだ"


いろいろと言われてるけど。

決めた。


とりあえずね。


「アシタダナ」


"今日はもうやめんの?"

"乙ー"

"明日も授業あるもんなぁ"

"そうか。忘れちゃうけど学生でこの強さなんだな……羨ましい。俺高校卒業して冒険者になって7年目くらいなのにまだCランクなんだけど。心折れそう"

"こいつが頭おかしいだけだから気にするなよ"

"マジでそう。こいつは強さと引き換えに人間やめてるから。Cランクの方がよっぽど人間だよ"

"みんなありがとう、気持ちが晴れたよ"


そんなチャットが飛び交う中。


「オワル」


俺は配信を停めた。



学校に向かう途中由良さんに会った。


「おはよう♡イックン」


そのイックン呼びは既に確定したものなのだろうか。

そう思っていたら。


ずいっ。

なにか渡してくる。


「なにこれ?」

「プレゼント、スパチャなのです」


紙袋だ。

開けてみると。


中には端末が入ってた。

すげぇ、高そうな箱だ。


「え?これ高いやつでしょ?」

「うん?そんなにだよ?受け取って欲しいなぁ♡ほら、前アイテム屋にぼったくられそうになった時のお礼も込めて、さ」


まだ気にしてたんだ。

あの時のこと。


「うん?ありがとう」


俺は受け取った端末に元の端末のデータを引越しさせた。

元々使ってたのはギルドの支給品だ。

安物でボロボロになるまで使い込んでいたから新品の端末は気持ちいいな。


「本当にありがとう由良さん」

「いいよ。いいよ、全然。臨時収入あったから大丈夫」


そう言ってジャーンと自分の腕につけているものも見せつけてくる。

同じ端末だった。


「これでお揃いだね。へへへ……。ちなみに回線も契約しといたよ!だから配信の画質も上がると思う!」


パシャリ。

由良さんは俺とのツーショットを1枚撮っていた。


なんてことをしている時だった。


「よーっす。西条」


後ろから声をかけられた。

振り向くと田中。


隣にいる由良さんは眼中に無いとでも言いたげに俺のことしか見ていない。

気付けばいいのにな。

目の前にいるのがユラッチだって。


その田中の目は俺の手にある端末に向けられた。


「西条!お前ボニター買ったのか?!!!」

「え?ボニター?」

「その端末だよ!知らないのか?!1台20万以上の高い端末だぞ?!」

「に、20万?!!!!!」


えっ?

高くないって聞いたけど?!


俺は驚きで由良さんに目をやった。

返そうと思ったが、既に由良さんはいなかった。


返却は受け付けないという意思表示だろう……やべぇの貰っちまったよ……。


俺がそんな複雑な気持ちになっていると、ニヤニヤする田中。


「なぁ、それより聞いてくれよ西条」

「なに?」


そう聞くとニヤニヤしながら答える田中。


「昨日さぁ。ユラッチにスパチャしちまったよ。20万円。そのボニターと同じ金額だよ」


それを聞いて由良さんの言葉を思い出した。


(あっ……臨時収入ってそういう……ことなのね)


全部察した。


「数ヶ月溜めたバイト代全部注ぎ込んだんだ。名前覚えてくれてるといいなぁ」


ぐふふふふ……。

気持ち悪い笑みを浮かべている。


「いやぁ、流石に名前覚えてくれてるよな?定期的にSNSのツイートにリプライもしてるしなぁ。もしかしてデートとかもできたりして?」


そんな田中の言葉を最後まで聞けなくなって口を開く。


「なぁ、田中」

「なにさ?」

「水を差すようで悪いんだけどさ。俺は思うんだよね。お金の使い方って考えた方がいいんじゃない?って」

「言いたいことは分かるさ。まぁでも、推しが幸せならOKです」

「そっか」


その場でニヤニヤしている田中を置いて俺は一人で校舎に向かうことにした。

お前に奢ってもらったこれ、大切にするからな。


それと、この話は絶対墓場まで持っていくから安心してくれ。


良い端末もらえたし今日からこれで配信してみよう。

しなかったら宝の持ち腐れだし。


この時俺は知らなかった。

この端末の性能が高すぎるせいで悲劇(俺にとって)が起きるなんて。


思えばこれは運命の分岐点だったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る