ラブちゃんは超人気アイドルだった ④
「上月、よく頑張ったな。そんな状況に放り込まれて、当事者にも関わらずこれだけ綿密に考察出来た冷静さは流石と言ったところだ。お陰で、オレも考えるプロセスを省略出来たよ」
嘘こけ。あなたには、とっくに分かっていたでしょうに。
「それで、俺はどうすればいいでしょうか」
「まず、ターゲットはボス一人に絞るべきだ。その写真とやらをオレに見せてくれ」
言われ、俺はジャージのポケットから4枚の写真を渡した。それを見て、先輩は顎に手をやり「ふむ」と呟くと、突然俺に痺れる程に冷たく光る目を向けた。
……いや、正確には俺ではない。俺ではなく、俺の後ろの。
「か、壁ですか?」
「隣の部屋、確かまだガス工事が終わっていなかったな」
「そういえば、業者が入った形跡はありませんね。そろそろ夏になるのに」
「見ろ、上月」
言って、三島先輩は俺に二枚の写真を見せた。ラブと、切羽と写った写真だ。
「この写真、正確には映像の切り抜きだが。一体、どこから撮っている?」
「……はっ」
どうして気が付かなかったんだ。写真は、明らかに扉の方から撮られていない。俺が馬乗りになられていると分かる角度と、俺が頭を撫でていると分かる角度から撮られている。
どちらとも、俺たちに気が付かれていないのに、顔が分かる俯瞰視点で撮影されているのだ。
「行くぞ、上月」
「隣ですね。鍵は壊すんですか?」
「あぁ、思いっきりやろう」
先輩は隣の部室の扉の前に立って笑うと、一緒に体当たりをしてブチ破れといった様子で手招きをした。
まぁ、どうせ他の生徒たちはみんな校舎で授業中なんだ。部室棟でどれだけデカい物音を鳴らしたって、バレる心配もないだろう。
――ドカン!
三度目の体当たりで扉は破壊され、俺たちは勢いよく部室の中へ飛び込んだ。空気がどんよりとしているが、当然のようにガスの臭いはない。ここへ送る元栓から閉じられているのだろう。
「あったぞ、痕跡だ」
壁際には、布を覆い被せただけのダンボールが二つ置いてあった。中身は、幾つかのバッテリーケースと三脚にコード類が入っている。
灯台下暗しとは正にこの事だ。隣の部屋で、堂々と盗撮してたなんて。
「しかし、肝心のカメラやフィルムはありませんね。既に撤収したんでしょうか」
「いいや、違う。壁をよく見てみろ」
言われて、指さした先をスマホのライトでピンポイントに照らして確認する。すると、一部分だけ他の白とは僅かに違う白色の場所があった。
「こいつはパテで補修した跡だ。砕いて中を見てみよう」
いいながら、何故か腰にぶら下げていたゴムハンマーを手に持つと、三島先輩は一撃の元に壁を粉砕。ゴロリと転がった欠片の向こうに、拳サイズの小さな空間が空いている。
「ビンゴだ、上月。犯人は、ここからスパイカメラを使って恋愛研究部の活動を盗撮していたんだ。その箱の中身は、前に使っていた拳サイズのカメラ用のモノだろう」
「しかし、SDカードが刺さってませんね。ペアリングするには校舎は遠いですし、Wi-Fiから接続して操作とデータ保存してるんでしょうか」
「恐らくな。だから、今朝のうちに先生からネットワークの閲覧履歴をプリントして貰ってきている」
……きっと、先輩にとってこれらの作業はただの答え合わせでしかなかった。どこかで俺の噂話を聞いた時点で、既にほとんどを推理し終えていたのだろう。
どこまでも恐ろしい人だ。この人が敵だったらと思うと、心の底からゾッとする。
「サーバ上のデータと閲覧履歴を確認すれば犯人は分かるが、どうする?」
「それまで待てません、ここでやっつけます。カメラ、貸してもらっていいですか?」
言うと、先輩は壁の中からスパイカメラを取り出して俺の元へ放り投げた。
それを危なっかしくキャッチして、カメラのレンズを俺へ向ける。データ通信を証明する青色のLEDが、チカチカと点灯しているのを確認し。
そして。
「変態な覗き魔君。こんにちは、変態な虎です」
隣で、三島先輩が小さく吹き出したのが聞こえた。
「さて、勝手ながら今より殺し合いをしようをしようと思う。もちろん、俺とあんたの殺し合いだ」
何を思ったのか、ずっと固まっていたカメラのレンズが、向こうで操作をしたのか僅かに動いた。どうやら、言葉はしっかり届いているようだ。
「俺が、お前の流した情報で踊る四葉ラブリのファンに物理的に殺されるか。それより先に、お前の盗撮の証拠を警察と学校へ報告して社会的に抹殺するかの殺し合い。どうだ、面白いだろ?」
「はっはっは!」
先輩の豪快な笑い声に乗せられて、痛々しいセリフがスラスラと頭に浮かんでくる。これではまるで、大魔王に仕える悪魔ではないか。
「俺は、タバコを吸った事にされたのも、生卵や絵の具水をぶっ掛けられた事も。もちろん、他の事だって。全部、全部、ぜーんぶ、凄く気にしてるんだ」
ジリジリ、カメラのレンズがまた少し動いた。何か、不規則的な動きだ。
「根に持つタイプなんだよ。だから、あんたに責任を取ってもらう。俺は、実行役じゃなく連中にそうさせたお前にこそ恨みがあるんだ。分かるだろ?」
教室の中で、スマホを覗きながらブルブル震えている相手の顔が見られない事だけが残念で仕方ない。捕まったこいつの顔を見るまで、きっと俺の興味が続いていない事が悔しくて仕方ない。
それくらい、俺はこいつを本気で仕留めようと思っているのだ。
025
「じゃあ、始めようか。いちについて――」
「ま、待ってくれぇ!!」
廊下の方からドタドタと足音が近付いて来たかと思うと、扉の前にゴロゴロと転がって腰を抜かしたまま叫ぶ男子生徒の姿が目に入った。
驚いた、幾ら何でも早過ぎるだろ。
「ゆ、許してください! 誰にも言わないでください! 出来心だったんです! 俺はラブちゃんが心配だっただけなんです!」
床に這いつくばったまま、大声で懇願するそいつの手にはスマホが握られていた。なるほど、あのレンズの動きはアプリを起動したまま走ったせいで指が触れていたというワケか。
しかし、狡いやり方の割に意外とチンピラっぽいな。顔が拝めて、よかったよ。
「本当に悪いと思ってるのか?」
「は、はい! 思ってます! 本当に悪かったです! すみませんでした!」
妙な違和感だ。下野の真摯な姿とは違う、どこか偽物を感じる違和感。しかし、許されようとする嘘にしてはあまりにも薄っぺらで、真剣味を覚えられなくて。
どうしても、別の目的があるような気がしてしまう。
「……なら、許すよ。噂も全部嘘だったって言えよ、迷惑だから」
「分かりました! ありがとうございます! 絶対に噂を晴らすと誓います!」
何ともあっけない幕切れに、ため息を吐いて三島先輩の顔を見た。彼は、腕を組んで壁に寄り掛かっている。どこから見てもラスボスな風格がそこにあった。
その姿に小さく笑ってしまった瞬間だ。階段を登ってくる、幾つもの足音が聞こえてきたのは。
「……ふふふ。あっはっは! バーカ! あのカメラを監視してたのは俺だけじゃないんだよ! アカウントを共有すれば何人だって映像を見られるんだ! バカバカ! バーカァァァァッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます