星雲こはるの恋バナ ①(ヒロイン視点)

 ×××



 第八学園からは、空が明るくても星が見えます。



 昼に見える星は一等星です。太陽の光にも負けない輝きだけが、青い空に残っているのです。その姿を見て、私はとんでもない捻くれ者がいたモノだと思案するのです。



 そもそもの偶然を語るのであれば、あの時の私は空を見上げていました。誰もいない渡り廊下で、夜よりも綺麗に見えた星に気を取られたからです。



 その時、更なる偶然が重なりました。何と、その星の前を弧を描く軌道で飛ぶ人工衛星『きぼう』が、オレンジ色を伴って横切ったのです。



 さながら、流れ星のようでした。ですから、私は咄嗟に願ったのです。



「どうか、私に勇気を下さい」



 瞬間、強い風が吹きました。校舎を貫く構造になっている廊下ですから、時折スカートを捲るような突風が西から東へ吹き抜けていくのです。



 その時、私は咄嗟にスカートを抑えました。しかし、そんなことをすれば持っていた筆箱とノートが散乱することは当然です。



 つまり、私は転んだのではありません。床に落ちた物を拾い集めていたのです。



 しかし、そんな事はどうでもいいです。重要なのは、そんな私を見つけてくれたのが上月先輩であったということです。



 運命とは、一体何でしょうか。私は星が好きですが、それでも星座占いのように不思議な力があるとは思っていません。

 もっと現実的に、膨大なエネルギーが放出する無機質な光の美しさに惚れているのです。あれら巨大なガスの塊風情が、当然スピリチュアルを引き起こすワケがありませんから。



 ……それでも、先輩との出会いにはこじつけざるを得ませんでした。



 きっと、私が憧れていたのはコイケンではなく先輩だったのです。星のように輝く四葉先輩と十束先輩を、誰よりも近い場所で観測する姿が心から羨ましかったのです。



 ですから、そんな先輩が私を助けてくれた時、一緒に星を見ようと誘われているかのような感覚に陥りました。



 星が、私をコイケンへ導いてくれた。そんな、拙い想いを馳せてしまうほどに、私の気持ちは昂ぶっているのです。



「議題、議題。じゃあ、『理想の身長差』」



 放課後。



 私たちは、いつも通りに部室へ集まっていました。いつもは忙しそうな香島先輩も、恋バナが始まる頃に部室へ来てくれたのです。



 この人は、不思議な魅力のある先輩です。ですが、その魅力の質が上月先輩ではなく四葉先輩に寄っているような気がするのは気の所為でしょうか。



 ……さて。



 身長差と言われてしまうと、私はとても困ってしまいます。



 何故なら、私の身長はたったの143センチ。大きい子であれば小学生の高学年で既に。

 というか、小学六年生である私の妹はもう私より大きくなるような身長ですから、ぶっちゃけ男の子との差を求められても一定以上は同じに見えてしまいます。



 部内で一番身長の高い上月先輩は176センチです。私との差は32センチ(ローファーは盛ってるので外では145センチです)。

 もしも、これ以上大きい人が恋人になったら、私は見上げる度にアホのように口を半開きにしてしまいそうで嫌です。



 というか、周りから見ても絶対にカノジョだと思われません。それどころか、せっかくお姉ちゃんというアイデンティティがあるのに妹に見られてもおかしくないです。



 ……そんなの、悔しいです。そして、こんな議題を出した上月先輩はイジワル過ぎます。



「それじゃ、一分経ったので一斉に開いてください! ドーン!」



 四葉先輩は『♡15センチ』、十束先輩は『・上下10センチ以内」、香島先輩は『①13.4センチくらい?』、上月先輩は『上15迄、下は幾つでも』となっていました。



 因みに、私は『☆30センチくらいまで』と書きました。理由は、特にありません。



 しかし、なるほど。



 確かに、十束先輩ほど身長があると自分の方が大きい可能性も考えるワケですね。上月先輩より大きい身長となると、それこそバレーボール選手とかになりそうですが。



「はいはい! あたしはキスがしやすい身長差を選びました! トラちゃんもそうでしょ!」

「まぁ、そういうことになるな。下は別に、こっちでなんとか出来るけど」




 四葉先輩の言葉に、私は少しもその線を考えていなくて恥ずかしくなりました。

 だって、私がどれだけ頑張って背伸びをしても届かないんですから、迎えに来てくれないと話にならないじゃないですか。



 本当は、私から可愛らしくキスをしてみたいって考えてますよ。はい。



「星雲さんは、大きい人が好きなんだね」

「好きと言いますか、上月先輩くらいなら威圧感もないので。大体これくらいまでかなぁと」

「いや、お前だってそのうち伸びるだろ」

「そういう希望的観測に惑わされたくないんです!」



 思わず腹を立ててしまいましたが、上月先輩は何を言っても儚く笑うだけで許してくれますから、いつの間にか先輩に甘える癖がついてしまったような気がします。



 ……多分、他の先輩方もそうなんだと思います。この部活内で女子の嫌なところが出ないのは、上月先輩がストレスを引き受けてくれているからなのでしょう。



 本人曰く、『優しい』のではなく『甘い』だそうですが、私からすれば優しさと何ら遜色ないように思えます。



 だって、もう、私たちはきっと先輩のいないコイケンの日常に耐えられないでしょうから。



「威圧感という意味ならば、虎男のフニャフニャした雰囲気はありがたいかもしれないな」

「トラちゃんって、怒らせたら絶対に面倒くさいハズなのに全然怖いイメージが湧かないんだよね〜」

「ナメるな、俺はバイオレンスな男だぞ」

「大丈夫だよ、みんな。トラは、自分の為に人を怒らないから」



 それから、私たちは鼻っ柱の折れた上月先輩の卑屈な怒らない理由を香島先輩から聞いていました。

 けれど、私たちは知っています。あなたが、自分よりも大きくて強い人から私たちを守ってくれる事を。



 確かに、勝てないかもしれないけど。けれど、それが女にとってどれだけ心強い事なのか。そうやって、自分が負けた事を恥じている上月先輩には分からないのでしょう。



 重要なのは、そこじゃないんです。だから、十束先輩はもちろん、四葉先輩も私も上月先輩を怖いとは思わなかったのです。



 ……あぁ。



 もしかすると、私はもうダメかもしれません。



 だって、初めて出会ったその日から、恋バナの議題の向こう側に見えている男の影が必ず上月先輩なのですから。

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