女にとっての優しい男とは何か ①
016
「トラちゃんトラちゃん、これ見て」
「ん?」
ゴールデンウィークが明けた、とある日の放課後。
全員が集まった部室内で、もうそろそろ日が暮れる事に気が付いたメロスのように必死で今日の恋バナの議題を考えていた時だった。
「じゃん、少女漫画です。『君だけの特別なひと』」
ラブは本当に少女漫画が好きだな。この部屋にも、随分と漫画の数が増えた。
「あらすじは?」
「とある女の子がアイドルをやってるクラスメイトに恋をしてしまうの。最初はチャラい感じの王子様なんだけど、そのうち彼が本気で主人公に恋をしてしまい……? というお話だよ」
ありがちな設定だが、王道と呼ばれる所以はその面白さにある。ならば、きっとストーリーやキャラクターが魅力的なのだろう。
「やっぱり、ラブもモテる男子に選ばれたいのか?」
「そういう言い方は好きじゃないけど、間違ってはないかも」
こいつ、自分がアイドルだったことを忘れてるんじゃないだろうか。本来は選ぶ側の女だろうに。
それとも、選ばれる事の喜びはもっと根源的な女の欲求なのだろうか。その辺りの判断が、今の俺ではつけられない。
「私はこれが好きだ、『君に届きたい』」
ラブに手渡された漫画本をペラペラと捲っていると、いつの間にか切羽がボールを拾ってきた子犬のようにニコニコしながら別の少女漫画を持っていた。
切羽も、すっかり恋愛漬けにされてしまったな。
「あ、それいいよね〜。あたしも好き〜」
「あらすじは?」
「クラスで目立たない頑張り屋さんの女の子が、人気者の男の子と恋をする王道のラブストーリーだ。健気な主人公と、主人公だけを真っ直ぐに見てくれる男前な王子様の関係が泣けるのだ」
泣けるのですか。そうですか。
「肩書は違うが、これもやっぱりモテ男と不憫女の話だな。選ばれたい願望が強い気がする」
「そ、そうだろうか。う〜ん」
見比べても、双方の違いが絵柄くらいしか分からない俺の元へ更に一冊、まだ紙の匂いが残る新しい少女漫画が届いた。
「最近なら私はこれです。『破滅する悪役令嬢に転生したけど真っ直ぐ生きていたら隣国の王子様に好かれました』」
「なんだって?」
「『破滅する悪役令嬢に転生したけど真っ直ぐ生きていたら隣国の王子様に好かれました』です」
あらすじは、聞く必要ないか。
「要するに、普通の小説なら酷い目にあうヒロインに転生した主人公が、運命に逆らっていい男に選ばれたって話か」
「そのとおりです。最近、アプリで読んで面白かったので本も買いました」
「あ! ランキングで一位になってたヤツだ! 面白いよね〜」
なるほど、そういう探し方もあるのか。ファストコンテンツの台頭は凄まじいモノがある。
「はい、私もランキングから入りました。ついつい、オススメから色んな漫画を読んじゃうんですよね」
「うむ。毎日一話だけ無料というのが憎い、気が付くと時間を忘れて夜更かししてしまう」
しかし、悪役令嬢にも少し触れてみてなんとなく察したが。これら少女漫画のベースラインとなる物語は総じて。
「白雪姫だな。なんか、真面目に頑張ってたら酷い目にあって、その後あり得ない角度から救われるみたいな」
「まぁ、そういう話だと気持ちいいよね」
「悪いキャラがやっつけられるのも爽快感がある」
「わ、私はちょっと。やっつけ過ぎはよくないかなって思います」
果たして、ついこの間から漫画を読み始めた切羽と、以前から読んでいる星雲の『やっつける』は同じ程度なのだろうか。
何となく、そこには大きな差異があるような気がするが。
「お前らって、本当に純愛が好きなんだな」
「そりゃそうだよ! 人が真剣に愛し合う事で世界に平和が訪れるのだからねっ!」
「純愛はいいものだ。愛を返してもらえる事は、きっと幸せなんだと思う」
「そ、そうでしゅ、ですよね。主人公たちゅ、たちも、最後には幸せしょうですし。私も、純愛がいいです。えへへ」
しかし、それにしては主人公たちが基本的に待ちのスタンスなのが気になるな。女から言い寄られて嫌がる男なんて、そうそういないだろうに。
「……あぁ、なるほど」
そこまで考えて、要するに女は言い寄って反応する男になんて興味がないんだと思った。そりゃ、モテる奴から選ばれるのが理想になるに違いない。
この考え方はコラムにするべきだろう。とりあえず、ネタが一つ出来てよかった。
「トラちゃん、読んでみなよ。いつも難しい本ばっかりで疲れてるでしょ? 純愛には、疲労を回復させる力があるのです」
「本当かよ」
「本当です。その上、滋養強壮と睡眠不足にもバッチリです。目から飲んでハートに届けるタイプのお薬なんです」
「なら、ちょっと読んでみるか」
……まぁ、結果から言えば嘘だったのだが。少女漫画の下りは特に重要ではないため今後語る事もないだろう。
問題は、彼女たちの純愛信仰だ。
もはや、神格化しているとも言っていい純愛への想いを、もう少しくらい真摯に受け止めてあげるべきだったのだ。
俺なりにしっかり噛み砕いて、俺が代わりに言葉にしてあげるべきだったのだ。
そうすれば、熱心なカトリック教徒が心からの親切で宗教を布教するように、彼女たちは決して利己的な感情で動いてなどいないと察する事が出来ただろう。
もちろん、この時の俺に気がつける可能性は一ミリもなかったのだが。
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