女にとっての優しい男とは何か ②

「……あら。あなたたち、面白そうなモノ持ってるわね。何に使うの?」

「あ、氷室先生」



 フリップとマジックを用意していると、部室へ氷室先生がやってきた。こんな奥地まで見回る事から察するに、どうやら多忙からは開放されたようだ。



 よかったよかった。



「例の恋バナに使うんです、バラエティ番組がイメージですよ」

「本格的じゃない。ちょっと、先生も混ぜてくれる?」

「いいですよ〜」



 ルール説明もほどほどに、今日は小説に没頭して一言も喋っていない夕の代わりに氷室先生が参加することとなった。



 ……ところで。あなた、恋愛は嫌いと言ってませんでしたか?



 017



「ではでは、恋バナパートだよ。副部長、今日の議題をお願いします」

「じゃあ、たまには二択で。えーっと、『重視するのは顔か性格か』」

「おーっと! こ、これは面白い議題です! でも、シンキングタイムは一分ですよ〜!」



 苦し紛れに編み出した二択問題だったが、どうやら部長殿はある程度線路の決まっている議題での恋バナが好みであるらしい。



 ラブの機嫌が悪そうな日は、こういうタイプの議題を提供することにしよう。



 ……さて。



 これは、何年も前から俺の中では答えが決まり切っている。ブッチギリで『性格』だ。理由は、弓子姉さんが好きだったから。



 あの人は、筋金入の頑張り屋さんだった。



 こんな田舎に生まれて、東京の名門大学に現役合格するほどの努力を目の当たりにしてきた。おまけに、勉強だけでなくスポーツや恋愛にも本気だった。



 それが、凄く綺麗に見えた。だから、俺は頑張り屋さんな性格が好きって話。



 今回は、シンプルで分かりやすいだろ?



「さて、一分経ちました! それでは早速、答えをオープンしてください!」



 どう考えても一分経っていないが、部長殿がそういうのだから仕方ない。俺たちは、いつものセルフ擬音に続いてフリップを裏返した。



 ラブは『♡性格』、切羽は『・性格』、星雲は『☆性格』、先生は『顔!!』。



 ……想像通りで面白味がないが、彼女たちの信仰的に仕方ないか。



 とりあえず、初参加の氷室先生から行こう。



「先生は、なんで顔重視なんですか?」

「性格に惚れてフラレた時の方が、ダメージが大きかったらよ」



 お、おぉ……。



「顔で選んだときって、向こうも顔で選んでるから別れるときも大したダメージはないのよ。でもね、性格に惚れると誠実にフラれるから辛いの。時には、適当な方が救われる恋もあるってことね」



 かける言葉が見つからない。先生、流石にその境地は高校生には分からないよ。



「そもそも、性格のいい男は顔も悪くないことが多いわ。周囲に気配りが出来るから、そのまま清潔感に繋がっていると言うべきかもしれないけれどね」

「それ分かります! 先生!」



 で、出た。



 男が納得いかない謎の要素ランキング上位常連『清潔感』。それって、結局爽やかなイケメンが好きってことなんじゃないのか。



「小綺麗なブスでもいいんですか? そうは思えませんが」

「疑うなら、いいことを教えてあげるわよ。上月君、女は男から見て決してかわいいと言えない子もかわいいって言うでしょ?」

「む、そうですね」

「あれはね、努力やセンスを総合的に見て本気で『かわいい』と言っているの。造形よりも、見た目に気を遣っている気持ちを褒めているのよ。分かる?」



 あぁ!なるほど!これがアハ体験か!



「要するに、清潔感のあるメンズをカッコいいって思うのはそういう感情も理由の一つって事。恋人レベルであれば、女は男ほどシビアにビジュアルを見たりしないから」

「なるほど、そういうことでしたか」



 流石、数多の合コン現場を超えてきた叩き上げの恋愛超人は鍛え方が違う。氷室先生の意見には、さしもの俺でも納得せざるを得ない。



「……氷室先生、一ついいでしょうか?」

「なにかしら、星雲さん」

「その意見ならば、先生が重視しているのは性格という事になりませんか? やっぱり、先生も純愛派なんですよ」



 あ、星雲が汚れなき眼を向けて氷室先生に可哀想なことを言ってる。気が付きたくないから目を背けてるだけなのに。



 見てよ、あの先生の悲しそうな顔。汚れちまった悲しみと、未だに捨てきれない儚い願望との葛藤でグチャグチャになってる。



「でもでも! 次は絶対にいい恋に出会えますよ! だって、先生っていい女ですから!」



 何か部室が明るくなったと思ったら、ラブが眩い光を放っていた。こいつの前世、絶対にフラッシュグレネードだろ。



「そ、そうかしら」

「そうですよ! 先生の好きな人が世界で一番先生を大切にしてくれたら、それって凄く素敵じゃないですか!」

「う、うん。えへへ……」



 なんの根拠もない希望的観測ですが、先生が幸せそうならオッケーです。



「そんで、お姫様方は揃いも揃って性格重視か。少女漫画の王子様はどこに行ったんだ?」

「顔がかっこいいのは好きだよ。でも、王子様の本当にいいところは性格なの」

「そもそも、『どっちかだけ』じゃくて『どっちがいいか』なら性格の方を重視しますよね」

は良くないぞ、虎生」



 ……あれ、なんでこの人たち俺のことを総攻撃するの?今回は、俺も同じ派閥なんですけど。流石に傷付くからやめてよ。



「性格がいい男とはいうが、良い性格ってのはなんだ?」

「優しいこと!」

「優しいことだ」

「優しいこと……。です」



 ハモった。優しいってのは、女にとってよほど大切な要素らしいな。



 というか、優しいって言葉自体が漠然としていて、彼女たちがどう優しくしてほしいのか分からない。そもそも、その優しさはお前たちにとっての都合の良さではないのか?



 その辺のこと、しっかりしてほしいぜ。

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