お花見事変 ②

「先輩、先輩」



 いつの間にか、星雲がプチプチを潰し終わっている。これじゃ効果もないし、シートは鞄の中にしまっておこう。



「ん?」

「私、ここに来るまでにみなさんの会話のポイントを纏めてみたんです。みなさん、すごく楽しそうだったので」

「ほう、その心は?」

「気持ちが高まる理由のデータになるかと思いまして。スマホの位置情報もオンにしながら歩いてきたので、よかったら使ってください」



 これこれ!これですよ!俺がしたかったコイケンならではの新鮮な研究は!流石、星雲は賢いなぁ!?



「やっぱり、アプローチ的には星雲は俺側なんだよな」

「まぁ、勉強は嫌いじゃないですから」



 しかし、恋バナになるとパッパラーになってしまうからイマイチ能力を発揮出来ていないのが歯痒い。今のうちに、賢い星雲を目に焼き付けておこう。



「……あれ、今日は眼鏡じゃないのか」

「は……っ。あ、こ、これはでしゅね。え、え、えっと、お休みの日はコンタクトにしたり、した、してみてるんでしゅ、す。えへへ」



 あらら、予想外の会話になって緊張し始めてしまった。思ったより、賢いタイムが短かったな。



「そうか、なんか明るくていいじゃん」

「そうですか!?」

「うん、かわいいかわいい」



 しかし、デレデレと笑う姿は小学生くらいの女の子が欲しい物を買ってもらったときに通ずるモノがある。思わず、知らない人について行ってはいけないよとお節介を焼きたくなるな。



 しばらくは放っておこう。



「そうだ。俺、切羽に確認したいことがあったんだ。夕もいるしちょうどいい」

「なんだ?」

「お前の噂、尾ヒレ背ビレがついてとんでもないことになってるんだぞ。なぁ、夕」

「うん。ボク、コイケンで会うまで十束さんがこんなに普通の子だと思ってなかったよ」

「そ、そこまでなのか。一体、どんな噂が……」



 そして、俺たちは知る限りの切羽の化け物エピソードを語った。こういう時、ラブは余計な口を挟まないで静かに聞いていてくれるのが優しい。



「……なるほど。確かに誇張され過ぎている、恥ずかしいよ」

「そうだよな。流石に、そんな奴がいるワケないもんな」

「うむ。まず、あの岩は割れていない。亀裂が入った程度だ。そもそも、私が入れたのは蹴りだ」



 ……ん?



「そして、私の先祖は宮本武蔵ではなく伊藤一刀斎景久だといわれている」

「マシで!?」



 食い入るように聞くと、切羽は少し困ったような表情でため息を吐いた。



「あぁ。弟子の小野忠明の言葉や、実家の蔵に瓶割刀かめわりとうがあることからも十束家は一刀斎が没した村の妾の子から派生した一族である、という可能性が高いのだ」

「な、なるほど。実に興味深い」

「因みに、私はその男の事をあまり知らない。共に子供を作った女と結婚しない男のことなど知りたくもないけどな」



 まぁ、感情はさておき知るハズがない。むしろ、知ってる方がおかしいくらいだ。



「トラ、伊藤一刀斎景久って誰?」

「正体が謎のベールに包まれている伝説の無頼派剣豪だ。誰にも教わらず、戦国時代に五年で剣を極めて無敗の戦績を誇ったとか、現在の剣道のルーツとなる一刀流を生み出したとか。そんな人」

「凄過ぎて想像も出来ないね。でも、どうして謎なの?」

「戦い以外のデータがほとんど残ってないんだよ。だから、謎の男」

「ふぅん。でも、そんな強い人の子孫なら十束さんの強さも納得かも」



 しかし、当の切羽は何だが納得いかない様子で不貞腐れていた。本当に不誠実な男が嫌いなんだなぁと思った。 



 まぁ、唯一の形見であろう瓶割刀を残してるんだからそれなりに誠意はあったんじゃないだろうか。真偽は、神のみぞ知るってヤツだな。



「しかし、夕。お前、伊藤一刀斎景久も知らなかったのか?」

「うん。なんで?」

「男の子なら、誰でも一度は地上最強に憧れるだろ。そしたら一刀斎くらい調べるのが道理なんじゃないか?」



 すると、夕は餌の入った皿をひっくり返してしまった頭のいい犬のような絶妙に気まずそうな表情を浮かべ、ラブや切羽に視線を送った。



 なんだ、こいつ。



「はい! この話はキリちゃんが可哀想だからおしまい!」

「うむ、私が可哀想だ」



 ……まぁ、それは一理ある。切羽は先祖が嫌いなようだし、これ以上彼女の強さの理由を探るのは失礼に当たるだろう。



「トラちゃん、お腹減ったでしょ? そろそろお弁当食べようよ」

「あぁ、そうだな」



 夕の微妙な反応も気になるとはいえ、どうせ俺のことだ。他の事で頭を埋めれば、すぐに疑問も霧散して無くなるに違いない。



 相伴預かり、とっととモヤモヤを晴らすことにしよう。

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