お花見事変 ①
010
「ふわ、ねみ……」
花見当日。
都会に住んでいる上級国民には馴染みがないだろうが、北国であるこの地方で桜が満開となるのは四月下旬のこの時期である。
つまり、本日こそが絶好の花見日和であり、ならばこの桜並木のせせらぎの小川のほとりは究極的に人が集まる場所という事なのだ。
そんな中、俺は早朝からぼーっとラブコメ小説を読みながらコイケン部員の到着を待っていた。普段から休日を一人で過ごしているとはいえ、家の中と外では気楽さがまったく違う。
なんとも言えない居心地の悪さの中、いよいよ物語を読み終わって寝そべっていると、遠くの方からワイワイと楽しそうにやってくる女子高生四人組の集団が目に入った。
「なるほど、夕は一年生の頃から虎生とつるんでいるんだな」
「うん、五十音順で席が前後だったから。トラって、なんだかほっとけない脆さがあるしね」
「そうなんですか。てっきり、ガッチリ理論武装を固めて掴みどころがないように思ってました」
「甘いよ、コハちゃん。トラちゃんはあぁ見えて甘えんぼさんなんだから。あたしとキリちゃんが恋バナしてるときとか、捨てられた子犬みたいな目でこっち見てたもん。かわいいよ」
何やら聞き捨てならない会話が聞こえてきたが、よく見るとそれは女子高生三人に男子高校生一人の集団であった。
言わずもがな、彼女たちこそが俺の所属するコイケンのお姫様たちだ。
というか、そんな会話をわざわざ俺に聞こえるところでするなよ。
「お待たせ、みんなでお弁当作ってきたよ」
「うん」
夕を見ると、奴はなんだか申し訳なさそうな顔で少し頭を下げた。
元々、俺と一緒にこっちで場所取りの予定だったのだが、「かわいいから」という理由でお姫様グループに参加することになったのだ。
まさか、星雲だけでなく夕まであっちのグループに参加してしまうとは。対立構造の不成立は、権力が一極化して破滅を招くのを知らんのか。
チクショウ。
「それにしても、今日はあったかいね! トラちゃん、お尻痛くない?」
「あまり痛くないよ、プチプチ引いてるから」
「あ、先輩。これ、潰していいですか? ありがとうございます」
まだ答えていないのに、隣に座った星雲がプチプチを一つずつ潰し始めた。やめなさいよ、使い物にならなくなるから。
「それにしても、いいところを取れたな。絶景だ」
「だろう、巨木の根元なんてなかなか取れないベスポジだからな」
「感謝しているよ。ところで、何時からここにいたんだ?」
「確か、八時くらいには着いていた気がする」
因みに、今は午前11時過ぎだ。
「なに、それはすまなかった。てっきり二、三十分でいいモノなのかと」
「なんだよ、切羽。お前、このスポットの人気っぷりを知らないのか?」
「あぁ、例年は実家の桜で門下生と花見をしているのだ。だから、今日は本当に楽しみだった」
これだから金持ちはいけない。ナチュラルに庶民との格の違いを見せつけて、しかもこいつの場合ちっとも嫌味がないから冷笑も出来なくて困るではないか。
ほら、見ろ。星雲が考えることをやめてプチプチを潰す機械になってしまった。お前が責任取れよな。
「まったく」
ところで、件のお弁当とやらは夕が持っているあの重箱の事だろうか。随分と大きな弁当箱だ。合わせて四段ということは、一人一段ずつ担当してきたというワケだな。
気が付くと、手元にはさり気なく紙皿と割り箸が置かれている。続いて、魔法瓶からお茶を注いで俺に手渡すのはラブだった。
「はい、どうぞ。温かいよ」
「サンキュ」
何だか意外というか、しかし言われてみれば当然というか。最近のアイドルは市場が飽和しているだろうし、こういう気遣いがあってこそ他のタレントに好かれて仕事を貰えるのかもしれない。
まぁ、俺はラブがテレビでどんな活躍をしていたのか未だにちっとも知らないんだけど。
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