お花見事変 ③

 011



「んふふ。実は、このお弁当タイムにはお楽しみが用意してあります」

「お楽しみ?」

「うん。この四段のお弁当、実は一人一段ずつ作ってるんだよ」



 だろうな。



「でも、どの段を誰が作ったのかは最後まで明かしません。トラちゃんには、その中でどのお弁当が一番おいしかったのか発表してもらいます」

「なかなか面白いな。一応言っておくが、俺は味にはうるさいぞ?」

「いやん、怖〜い」



 すると、星雲が小さく声を漏らして弱気な顔を見せた。なるほど、君はあまり料理が得意ではないみたいだな。



 悪いが、俺は女だからといって感想を適当に誤魔化したりなんてしない。おいしいモノはおいしい、不味いモノは不味いとしっかり言わせてもらう。



 覚悟しておきたまえ。



「まずは一番上から」



 パカッと開けると、厚焼きの卵焼きに大きめな唐揚げ。胡麻をまぶした人参とレンコンのきんぴら、ほうれん草のおひたし。そして、炊き込みご飯をあげで包んだいなり寿司が詰め込んであった。



「色はいいな」

「本当ですか!?」



 ……今の星雲の声は聞かなかった事にして。



「いただきます」



 まずは、いなり寿司を一口。なるほ――。



「こ……っ! これうまっ! なにこれ!?」



 俺は、思わず仰け反っていた。涙が出そうになるような、安心感のある味々。炊き込んだ鮭の身と昆布がまたいい味だ。そこに、醤油と砂糖で甘辛く煮付けられた上げのジューシーさが。



「これ、うまいな〜。うまいうまい。うまい」



 とりあえず一口ずつおかずに手を付け、次の段を開ける。



 今度は、『おにぎらず』というのだろうか。ハムとチーズとピクルスのライスサンド。サイドは、焼き茄子にトマトソースをかけたモノと、細いハンバーグ、これはケバプチェタだったか。あとは、フルーツ入りのヨーグルト。



「ラブのお母さんって、ブルガリア出身だっけ?」

「おばあちゃんだよ、あたしはクォーター。あれ、なんで知ってるの?」



 まぁ、いいか。このこんがり焼き上がったナスを食べ――。



「はぁ!? うまぁ!? うますぎだろ、これ!?」



 どうやら、トマトソースの中に数えられないくらい野菜が刻んであるらしい。この豊かな風味は、きっと一子相伝の伝統な味なんだろうと思った。



「うまいわ。うまいうまい、うますぎ」



 というわけで、次。



 開くと、ノーマルとシソで巻いた赤の小さなおにぎりで紅白を模した飾り付けが目を引いた。おかずは、ゆでエビに根菜とたけのこといんげんの煮物、昆布巻、衣をつけて上げたフライ。中身は、白身魚だろうか。



「というか、料理出来たのか」

「なにか言ったか?」



 切羽の手を見るだけにとどめて、言葉は無視した。さて、昆布巻を――。



「ひぃ! う、うんますぎる!」



 旨味に撲殺されるんじゃないかと思った。噛むたびに出汁が飛び出して中の具と混在となり、素晴らしいハーモニーを醸し出す。上品な味というのは、まさにこのことをいうのだろう。



「うめぇ、こっちもうまいなぁ」



 最後の段。これは、消去法的に誰か決まっているワケだが。



「ふふ、どうしたの?」



 シカトシカト。



 なるほど、一口サンドイッチか。たまご、カツ、サラダ、マッシュポテト、いちごクリーム。ベーグルなんて変わり種も入っている。これは、俺の好みを知り尽くした人間の犯行だな。



 さて、それではたまご味を――。



「……ズルい。これはうまいよ、お前」



 このスパイシーなたまごスプレッドは何度食べてもたまらない。王道ではなく、ふわふわのスクランブルエッグのような食感。隠し味にクリームチーズを使っているのが最高なのだ。



「ふぅ。さて、全部食い終わったところで結果発表だが」

「……ゴクリ」



 持ってきたフリップに、上から名前を書いていく。もちろん、一切の忖度はない。美味しい順に書いていくんだからな。



「バン。第一位はいなり弁当です。おめでとう」

「結果発表はやっ! ……って、えぇ!? わた、わたしでしゅかぁ!?」

「理由は、実は読んでたラブコメ小説にいなり寿司が出てきて、無性に食べたかったからです。俺の気持ちを察した星雲にはトップの座を差し上げます。味も最高でした」

「なにそれ!? そんなのあり!?」



 抗議するラブを横目に、星雲はほっぺに両手を当ててクネクネしていた。あまりにも嬉しそうだから、後日何かしらのトップ賞を授与することを決めた。



「因みに、二位はラブと切羽でタイ。味が最高においしかったので二位です。春っぽくてよかったです」

「う、嬉しいが釈然としないな」

「ビリは夕、お前のはズル過ぎるから」



 もちろん、好みという意味ではぶっちぎりの一位なんだけど。そういうあざとさも加味してビリです。



「なんでよ!? おいしさでランク付けするって言ったじゃん!」

「そんなこと言ったら! お前たちが食べる前から作り手がバレバレなモン持ってくるのがおかしいんだろ!? 正確に判断させたかったら全員同じモノ作ってこいよぉ!?」

「逆ギレ!?」



 その隣で、ラブはまるで世紀の大発見を目の当たりにした新聞記者のように驚きの表情を浮かべ、切羽はまた変なツボに入ったようで俯いたまま笑っていた。



 因みに、星雲は未だにクネクネしていた。



「けど、コハちゃんか一位かぁ。先手が勝つだなんて、料理勝負のセオリーを壊してきたね」



 それを言うなら、全員がうまいものを作ってくるのだって充分セオリーを壊してる。少なくとも、切羽は壊滅的な料理下手であるべきだろうに。



「す、すいません」

「違うよ! 謝ることなんてないよ! それより、あたしもおいなりさん食べていい?」

「ど、どうぞどうぞ! 私も先輩方のお弁当を貰ってもいいですか!?」

「うむ。みんなで食べよう」



 そして、俺は残りの弁当を食べながら女子どもがワイワイと楽しんでいる姿と桜を交互にボーッと眺めていた。

 しかし、夕はもう俺にサンドイッチを食べさせてはくれなかった。こいつ、同じ男なのに何をそんなに不貞腐れてるんだか。

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