ラブちゃんはおこである

 009



 無実だ。



 少なくとも、俺は間違っていない。事実、彼女たちは匂いに興奮してあんなに顔を赤くしていたではないか。

 だから、俺は議事録にそれをメモしただけであって、何一つ誹謗中傷をした覚えはない。実際にスケベな女をスケベだと言って、一体何が悪いというのか。



「す、スケベじゃないよ!」

「いや、だって――」

「スケベじゃないもん!」



 事実を書いてこんなに怒られるのなら、俺の言葉どころか言葉自体に意味が無くなってしまう。そうなれば、人はおしまいだ。



 そんなことを思いながら、翌日の今日。



 俺はプンスカ怒るラブを目の前に、小さくなってパイプ椅子に腰掛けていた。顔が近くて、緊張するから離れてほしいと思った。



「トラちゃんのせいでブログ更新出来なかったんだよ!? みんな待ってるのに、絶対ガッカリされたよ!」

「そ、そうだったのか。すまん」



 しかし、ならばラブが代筆すればよかったのではないだろうか。

 お前のブログを読んでる、しかも俺の存在を明かしているということは、T層かF1層がターゲットなんだろうし。その方がファンも喜ぶだろう。



「トラちゃんが書く議事録をみんな楽しみに待ってるの! あたしにあんな文章書けるワケないじゃん! 人の嫌なとこ凝縮してるのに納得させられるのを見て、カレシと喧嘩するボキャブラリー増やしてるんだって!」

「そ、そうか」



 えへへ。褒められちゃった。



「バカ!」



 という具合に、今日は切羽と星雲が休みという事で部室でラブから昨日の議事録へのお叱りを受けていた。

 女の子が本気で怒っている姿というのは、意外と見応えがあって興味深い。



 まぁ、普通に怖いけど。



「ねぇ、ちゃんと聞いてるの!?」

「き、聞いてるよ。でも、ラブはスケベじゃんか」

「ち、ちち、違うから! スケベじゃないって言ってるでしょ!?」



 言いながら、いよいよ我慢できなくなったのか。ラブは座っている俺に飛び掛かって椅子ごと倒し、顔を真っ赤にしながら床の上で馬乗りになった。



「痛い! ちょ、待て! 待てって! というか、なんでスケベが悪いことみたいな捉え方してるんだよ!?」

「嫌だよ! はしたない女の子だと思われたくないもん!」

「普段我慢出来てれば何も問題ないだろ! むしろ、スケベな女の方が男は好きなんだぞ!」



 言うと、ラブは馬乗りになったまま地面に手をついて顔を俺に近づけた。垂れた長い髪の毛で視界が遮断され、彼女の顔以外に何も見えない。



「どういうこと?」

「そういうことに興味がある方が、なったとき喜んでくれるじゃんか! 男だったら、絶対にそっちの方が嬉しいんだよ! 嫌われるかもって思って怖いのは同じだ!」



 叫んだ瞬間、ラブの顔が瞬間湯沸かし器のように沸騰し、熱を帯びたまま俺から離れると椅子を戻してチョコンと座った。



 俯いて、つむじの辺りから湯気が出ているように見える。それくらい、頭の中がグチャグチャになってしまっているようだ。



「そうなの?」

「そりゃそうだろ。女だって、好きな男が自分に興奮してくれたら嬉しいだろ?」

「う、うん。多分」

「だったら、男だってそうなんだよ。その、こっちが下手でもいっぱい喜んでくれたら二人でハッピーになれるし。違うか?」

「……違わないと思います」



 童貞の講釈も、処女には通用してくれるらしい。とりあえずラブが納得してくれたから、俺はほっと胸を撫で下ろして静かに椅子へ座った。



「頼むよ、お前みたいな女に詰め寄られる男の気持ちにもなってくれ」

「そ、それはどういう意味?」

「初めて恋バナした時、俺の答えに文句つけたろ。多分、そんな感じ」

「もしかして、ドキドキした?」

「したよ、変な汗かいちまった」

「……んふふ。そっか」



 ならば、ラブはあの時にもドキドキしていた事になるような気がするのだが、突っ込むとまたややこしくなりそうだからやめた。



 彼女の吐息の感覚が、まだ少し残ってる。こんなことでドキマギしてしまう自分が、本当に情けなくて悔しい。



「今日は議論にならないだろうし、大人しく帰ろうぜ」

「ちょっとだけ、歩いて駅に行こ。暇じゃん?」

「やだよ、面倒臭い」

「ぶぅ〜。トラちゃんって、すぐそういうイジワルするんだから」



 そして、俺たちは適当な世間話をしながらバスで15分もかかる最寄り駅へ向かった。



 途中、トンネルに入ったときにラブがこっちを見つめているのがガラスの向こう側に分かって、俺は少しだけ顔を赤く染めてしまった。



 何か越しというシチュエーションには、妙にかわいく見える魔力があって非常に困ってしまう。というよりも、俺はこの時にそんな趣味を植え付けられたように思う。



 何故なら、いつもは完璧な笑顔を振りまくラブが、ガラスの向こう側では等身大の女子高生に見えたからだ。

 もしも、あのアンニュイな表情がラブの素顔なら、鏡はおとぎ話のようにこの世界で一番美しいお姫様を映し出すモノなんじゃないかと感じる程だった。



 トンネルを抜けたとき、ラブは少しだけ俺の肩に。俺は、気付かないフリをして窓の外を見ることしか出来なかった。

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