彼女たちは真実を隠したがる ③
「どうして、そう思ったんだ?」
「簡単だよ、好きじゃないから答えられないんだ」
「そ、そんなにズバッと言わないでくれ……」
「それに、右上に視線が動くのは何か想像力を働かせている特徴。経験してないから妄想するしかない。これ、結構使えるから覚えておいた方がいいぞ」
「ず、ズルいです! そんなこと学校で習ってません!」
本気で「学校で習ってない」と抗議するだなんて、星雲のピュアさには目眩がしそうだ。
「教わらないことついでに言うと、人は無意識のうちに答えを隠す生き物らしい。つまり、お前たちは一つ目のフェチで本当の好みを隠して本音にツッコまれないようにしたんだ」
「ぐぬぬ……」
そんな、揃って追い詰められた犯人みたいな反応をされると嬉しくって興奮してきてしまうじゃないか。
「そして、まったく生き方の違う三人が同じ好みを晒した。つまり、お前たちは近い過去、いや、今日のうちに一人の男の匂いに纏わる興奮した強烈なエピソードを持っているということだ! どうだ!?」
ビンゴだ!
こいつら、揃いも揃って熟したりんごみたいな真っ赤な顔をしやがって!ここで、今日まで俺が受けた辱めを倍返しにしてやる!
「そ、それ以上は恥ずかしいからやめて……」
「はっはっは! 今回は俺の勝ちだぞ! ラブ! 切羽! そして、覚えておけ星雲! コイケンとは、乙女の心の内側を俺のようなゲスの門前に晒す場所であることをな!」
「うぅ……」
「さぁ、フィナーレだ! 一体、どこの男で興奮したんだ!? そういえば、新しい教育実習生はイケメンだったなぁ!? ほら、言ってみろ! 言うんだよぉ!?」
「何してんの? トラ」
すっかりテンションの上がってしまった俺の脳みそに直接冷水をぶっかけるかのような声の主は、もちろん俺の友人である女よりもかわいい男こと香島夕であった。
「夕か! 見ろ、この赤面を! こいつらは、無意識の内に同じ男で興奮したという事実を俺に晒したんだ! それも今日のことだぞ! つまり、ここには新鮮な三人のスケベ女が雁首揃えているんだ! 匂いが好きなんだってよ!」
「匂い? 今日? 同じ男で? 三人が?」
「そうだ!」
すると、夕はポカンとした表情で三人の顔を眺め、徐ろに左上(俺から見て右上)を見つめた。意味は、実際に体験したことを思い出す仕草だ。
「二つ、いいかな」
ポツリと呟く夕に、ラブが小さく答える。
「な、なに?」
「星雲さんがここに入部したのは、ボクと同じで今日なんだよね?」
「は、はい」
「そっか。次、トラ。もしかして、今日走った?」
「ん、あぁ。そういえば、今日は結構走ったよ。お前のパシリ、校内放送の呼び出し、その帰り。午後には体育もあったしな」
「……ははぁ、なるほどね」
言うと、夕は何だが呆れたような表情で三人に目配せをして、それから俺の手をグイっと引っ張った。
「悪いけど、さっき居なかった部員が来たから挨拶のためにトラを借りてくよ」
「お、おい。今、すごくいいところだろうが。弱みを握れば有利――」
「ボクにもボクの用事があるんだから来なさい、忙しいんだよ?」
「なんでだ!? もう少しでやっつけられたのに!」
「ごめんね、みんな。こいつ、アホだから
そして、俺は夕に引っ張られるままに文芸部室へ行ってもう一人の後輩ちゃんに挨拶をして、先に帰るという夕を見送ってから部室へ戻った。十分くらい経った頃だったハズだ。
「あ、おかえり〜。なんだっけ? 匂いの話だっけ?」
「そうだったか。うん、ラブはなんで匂いが好きなんだ?」
「えっとねぇ。なんか、その人が近くにいるって感じられるからかな!」
「わ、私もそう思います。男の人の匂いって、なんかいいですよね」
彼女たちが落ち着いて、いつも通りの表情に戻ったからだろうか。俺の興奮もどこ吹く風、さっきまでのテンションがバカバカしくなっている。
というか、何がそんなに気になっていたのかを忘れてしまった。思い出すほど興味もないし、いつも通りMCに徹することにしよう。
せっかくの、星雲が憧れていたコイケンの恋バナだ。彼女が気持ちよく話せるように、空気を読んであげないとな。
「というか、やっぱり鎖骨もいいよね! なんか、都合よく裸を想像しちゃって!」
「あぁ。腕や背中もそうだが、全部見せてくれない方が妄想が膨らんでより興奮する気がするな」
「そ、それです! それそれそれ! 流石先輩たちです!」
しかし、女子のフェチズムは聞いていても共感出来なくてつまらない。おまけに、完全なる趣味だから考察する余地もないし、これは次回からのネタの課題になりそうだ。
そんなことを考え、議事録に『女はスケベ』とだけメモをして、俺は静かに窓の外を眺めた。
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