サムライだって恋したい ②
「……ラブリか、遅いよ」
忙しそうに作業する夕を小窓からチラ見してコイケンの部室に入ると、そこには逸話通り長い黒髪と真っ白い肌、そして透き通る紫色の眼を持った女子がピンと背筋を張った凛とした姿で待っていた。
サムライ。そう感じるのに、これ以上の説得力はなかった。噂は本当だったのだ。
「ごめんごめん、トラちゃんのこと迎えに行ってたの」
「その男がもう一人のメンバーか。よろしく頼む。虎生、だったな」
どうやら、俺の紹介は済んでいるようだった。話が早くて助かるが、部室内にピリッとした緊張感が漂っているから下手な真似はしないでおこう。
見えない剣で叩き斬られたらたまらないし。
「あ、あぁ、よろしく。君の名前は?」
「
「切羽って、日本刀の鍔を留める金具の
「その通りだ。実家に真剣術の道場があってな、それにあやかって父がくれたんだ」
噂は、少しずつ真実を帯びてゆく。体つきのしなやかさも明らかに尋常ではない。鍛錬を積んできた
「なるほど。苗字も十束だし、剣客じゃなくて刀そのものみたいだ」
「ふふ、私の名前をそんなふうに言ったのは虎生が初めてだ。なるほど、私は刀か。気に入ったよ」
「そ、そうか」
「ラブリの言う通り、
……なんなんですか?この異常にかっこいい女は。言葉のニュアンスや仕草から、サムライが溢れ出して止まらないでないか。
しかし、噂に聞くような恐ろしい女ではない気がする。よかった、力を持っているだけならなんの問題もない。怒らせないようにだけ気をつけよう。
「はい、それじゃあ部室の掃除をするよ。窓を開けて、壁や床の汚れを落とすのです」
「洗剤やスポンジは?」
「分かんない!」
恐らく、前にここに置かれていた備品の中にあったのだろうが、見渡してもそれらしきモノは存在しない。バケツだけはあるから、水はこれに張ればいいか。
「先生に借りてくる、少し待っててくれ」
「ありがと〜」
「すまないな、虎生」
軽く手を上げて、バケツを片手に職員室へ向かう。聞いてみると、どうやらあの部屋の中身は一時的に校舎棟の備品室へ移したようだ。
「ガス修理の業者さんが来てくれれば、使ってない部室に置けるんだけどね。年度明けで忙しいみたい」
「そうなんですか」
棚卸しにズレが発生しないように、居合わせた数学教師の
タイトスカートと黒タイツにショートカット、メイクでも隠しきれない疲れ切った表情と気だるそうな茶色い目。ステレオタイプのクーデレというか、そうだったらいいなと俺が思っている的な。
とりあえず、そんな女性だ。
「先生は、恋愛が好きなんですか?」
「好きじゃないわよ。でも、四葉さんがどうしてもってお願いするから請け負ったの。むしろ、上月君がコイケンに入部したことの方が驚きだわ」
実は、俺と同じような匂いを感じる事から、氷室先生とは一年の頃からそれなりに交友がある。この人のポロッと溢れる愚痴を聞いた時の切なさが、妙にクセになっている。
「まぁ、成り行きです」
「そう、大変ね」
しかし、今日はあまりにも疲れていそうだったから、俺はそれ以上口を開かずに黙ってスポンジと洗剤、ついでにクレンザーと雑巾まで借りて備品室を後にした。
漠然と、社会に出たくねぇなぁと思った。
「ただいま、色々借りてき――」
部屋に入った俺は、思わず言葉を失ってしまった。なぜなら、床に引き倒れたキャビネットに加え、幾つかのパイプ椅子と本が散乱していたからだ。
キャビネットの下にはガラスの破片が散っている。どうやら、最初に花瓶を倒して割ってしまったらしい。それでテンパって、暴れ回って部屋をひっくり返したということか。
夜中に突然テンションが上がった猫か、お前らは。
「と、トラちゃん……」
そんな中、ただ涙目で抱き合って震え、俺にゆっくりと申し訳無さそうな表情を向けた二人の少女の姿があった。こんな時でも、美少女は美少女なんだなと思った。
本当に得だよな、かわいいって。
「ち、違うよ。あたしたち、トラちゃんが戻ってきたらすぐに掃除出来るようにモノを動かそうと思って」
「ほら、どうせなら机や棚の裏も磨きたいだろう? だから、えっと」
言われ、俺は水の入ったバケツと掃除用具の籠を部室の外に下ろすとため息をついた。黙っていると感じが悪いから、何か一言呟いておくことにしよう。
「やれやれ」
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