サムライだって恋したい ③
004
あらかたの掃除を終わらせて、花瓶の破片と少しのゴミを下まで持っていこうとすると、切羽が黙って袋を一つ持ち肩を並べた。
「別にいいよ、大して重くもない」
「いや、こっちを手伝わせてくれ。私がいると、また迷惑になる」
どうやら、切羽はとてつもなく不器用な女であるらしい。キャビネットを戻そうとすれば小指をぶつけ(俺の)、雑巾を絞れば水をひっくり返し、棚の板を増やそうとすればいつまでも水平にならない。
武道を極め、正義を執行するサムライという初対面の印象は既に忘却の彼方。今の彼女は、割とポンコツな奴というイメージだ。
「そうかい」
しかし、不思議と嫌な感情はない。本気でやってミスってるだけだから、憎めないというのが正しいかもしれないな。
「……昔から、女らしくないと言われて育ってきたんだ」
らしさ。個人的に、三本の指に入るくらい押し付けられたくない言葉だ。
「十束家は舞踊や華道にも道場を持っているが、私に出来たのは剣術だけでな。だから、弟子は多くいても私を女として扱う者はいないんだよ」
「そうか、複雑だな」
「ふふ。本当に、自分の性別が分からない時があるよ。妙な気分だ」
夕の噂話を鵜呑みにして、切羽を化け物扱いしてしまった自分に少しだけ罪悪感が生まれた。
しかし、どうやら俺の想いは不適切なモノだったらしい。彼女の精神とは、俺程度の一般レベルで測れるほど矮小なモノではないようだ。
「だからな! コイケンに入ったら女らしさを手に入れる事が出来ると思ったんだ! 私が入部した理由はそれだぞ!」
「ほう、その心は?」
「だって、恋バナを楽しめばいつか羨んで興味が生まれて、私も男に恋が出来るかもしれない! そうすれば、女らしく器用になれるかもしれない! いっぱい練習して尽くそうと思えるかもしれないじゃないか! どうだ!?」
……なるほど、失敗しても全然メゲない理由はこれか。
彼女は、人は誰だって最初は下手くそだということを本当の意味で理解している。だから若年で真に武道を極められたし、完璧じゃなくても頑張ろうと思えるのだ。
どいつもこいつも、明る過ぎて素晴らしい。俺を側に置いてくれる事に有り難さすら覚える。
だって、彼女たちの光が強ければ強いほど、陰にいる俺の輪郭はどんどんボヤケて見えなくなってくる。
そうやって目立たなくなれば、頑張らなくても怒られないだろうしな。
「そうだな、俺もそう思う」
「ふふん、そうだろう? 差しあたって、掃除は一週間に一度はこなしていこう。なに、虎生に教えてもらえばすぐに出来るようになる。先ほどの手際、主婦と見まごう程だったぞ」
「俺が教えるのか?」
「いいだろう? 代わりに、私の知ってることは何でも教える。
否定するのも疲れそうだから、俺は適当に笑って頷いておいた。どうせ、切羽の明るさには敵わないのだから、その先で頑張らない方法を探した方がいいような気もする。
しかし、今のギブ・アンド・テイクの発音。ユニークの時から気になってはいたが、英語もなかなか危なさそうだ。人に伝えるための術なんかを、少しくらい学んでおくとしよう。
「いいよ」
「ふふ、よろしく頼む」
だだ、この時の俺は頼られたことが嬉しくて言葉以上に舞い上がっていたのだと今になって思う。
そうでもなければ、あんな結末に說明がつかない。知らなければ知らないなりに、もう少しスマートなやり方を選んだだろうからな。
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