サムライだって恋したい ①

 003



「トラちゃん、迎えに来たよ。部室行こう」



 翌日の放課後。



 製本作業の為に忙しくなった夕の掃除当番を代わってせっせと箒を動かしていると、開かれた後ろの扉からピンク髪と翠眼の悪魔が、未だに衰えない満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。



 来なくていいのに。



「あ、四葉ラブリだ」

「すげ〜、本物じゃん。サイン貰おうぜ」

「ラブちゃん、本当にこの学校に通ってたんだね!」



 ゾロゾロと集まってきた周囲のクラスメイトたちは、口々にラブを褒め称えてウキウキの様子だ。憧れている、という表現が正しい気がする。

 あの女、何かしらの有名人だったのか。恐らくファンであろう連中の相手の仕方も、かなり慣れた印象だ。



「ラブちゃん、本当にもうステージに上がらないの?」

「アイドルは引退したからね、今はただの高校生だよ」



 ……なるほど、読めてきた。



 あんなに行動力のある奴が、なぜ二年の春休みになってようやくコイケンなどという怪しいクラブを作ったのかと思っていたが。それより前は芸能活動で忙しく、学校に通う暇が殆ど無かったからというワケだ。



 そりゃ、吸血鬼バリに暗闇を好む俺が溶けてしまうような圧倒的なスマイルをお見舞い出来る理由にも納得。只者じゃないとは思っていたが、男の勘も捨てたもんじゃない。



「ねぇ! トラちゃん! 早くいこ!」

「掃除中だ」

「……ご、ごめん」



 言うと、ラブは人混みから抜け出して教卓の隣に置いてある教員用の椅子にチョコンと座って膝を閉じ、すっとぼけた表情で俺を眺め始めた。

 そんな様子を見てぶったまげたのか、クラスメイトたちは俺に視線を向けて訝しむ。何だか、怒っているようにも見える。負のエネルギーが蔓延していく。



「は? なにあいつ」

「チョーシ乗ってない?」



 ヒソヒソと陰口が聞こえてきたが、あいにくその手の手法は俺には効かない。他人の顔色を伺う事ほど精神の安定を失う行為はないと分かったあの日に、すべてをシャットアウトする術を覚えたからだ。



 これぞ必殺、デカルト・システム。俺の心は、ここにはないのだ。



「トラちゃん、お掃除好きなの?」

「好きじゃないけど、汚いと気分が悪いだろ」

「確かに。なら、今日は部室のお掃除しようね。綺麗な方が運命も遊びに来やすいでしょ?」

「汚泥の中の方が、運命は訪れそうなモノだけどな」

「あ、難しいこと言ってる。いけないんだ〜」



 これ以上話していると今度は物理的に痛い目に合いそうだったから、俺はラブを無視してとっとと掃除を終わらせた。デカルト・システムは、精神攻撃にしか効果を発揮しないのである。



「ふぅ」



 掃除用具の中に箒をしまって振り返る。すると、目線のすぐ下にピンク色の髪が揺れていた。足音も無く忍び寄るとは、かなり恐ろしい暗殺技術だ。



「いこ」

「……あぁ」



 ピクニックにでも行くかのように軽い足取りで廊下を歩くラブの後ろを、周囲に奇異の目を向けられながらついていく。

 だんだん、こいつのスクールバッグがランチバスケットに見えてきた。もしかして、俺はこれから本当に小高い丘の上でサンドイッチでも食べるんじゃないだろうな。



 まぁ、それはそれで嫌なんだけど。



「昨日ね、トラちゃんが帰ったあとにもう一人部員が増えたんだよ。勧誘したら入ってくれたの」

「へぇ、それはよかったな」



 ラブの辣腕には、ついつい尊敬の念を抱いてしまいそうになる。リーダーシップとは、自分のわがままに他人を巻き込む力であるとはよく言ったモノだ。



 きっと、強引に頼まれて逃げられなかったんだろうな。あの部室に、食虫植物なんて異名がつく日も遠くないだろう。



「同じ二年生だよ。綺麗な紫眼の女の子。風紀委員の見回りとか言ってコイケンに来たんだけど、すっごくかっこいいんだ」

「……ふ、風紀委員の紫眼?」



 瞬間、脳裏に嫌な予感が走る。確か、今年の風紀委員の中にとんでもない化け物がいると夕に聞いていたからだ。



 そいつは、とある道場の一人娘だ。日本を象徴するような長く美しい黒髪に、雪のような真っ白い肌を持っている。

 佇まいは、紛うことなくサムライ。手に持っていないハズの日本刀で巨大な岩を真っ二つに斬り裂き、不良生徒を震え上がらせたとかさせてないとか。



 あらゆる伝説を作る才能、彼女の最たる特徴こそが日本人離れした紫眼。その目で敵の弱点を忽ち暴けば、正義の刃で悪即斬。彼女のあるところに、決して悪は栄えないのだという。



「そんな話、更に宮本武蔵の隠された子孫という噂もある」

「ふふ。トラちゃんって、結構アホの子なんだね」



 ケラケラと楽しそうに笑うラブを見て、俺は少しばかりリラックスが出来た。

 まぁ、夕の話で大袈裟にビビってしまっただけで、実際にそんな恐ろしい女子高生がいるハズがない。



 ましてや、ラブの強引な勧誘に負けてコイケンなどという怪しげなクラブに入ってしまう程度のメンタルだ。きっと、普通の女の子。いや、そもそも別人という説だってある。



 なんだ、心配して損した。俺君、ありもしない話を想像して勝手に怖がるのは悪い癖だぞ。

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