第49話みんなが幸せに暮らせるように
魔法都市観光ツアーの案内人(仮)、ソフィアが続けて連れてきてくれたのは都市の外周部だった。
魔法都市には周囲をぐるりと覆い囲むように外壁が存在する。
比較的平和な場所だが、周囲には魔物の生息地帯が点在するため都市を覆う壁は必須だ。
「外壁を見てもあんまり感動できないと思うけど……あれか、おっきいなーとか言えばいいのか?」
ガイドのソフィアの意図が分からず困惑するが、隣のヒビキは違う感想を持ったようだ。じっくりと壁面を眺めている。
「これ……さっき言ってた魔法陣が刻まれてるな。よく見ると壁面に薄っすら魔力が通ってる」
「え? ただの壁に魔法使ってるってことか?」
「使ってるって言うよりは待機状態だな。何らかの条件を満たすと魔法が発動する」
ヒビキは興味津々と言った様子で壁を擦っていた。
「ヒビキさんは魔法について随分勉強したのですね。これが魔法都市の防衛の要、物理防御と対魔法結界を兼ね備えた『デュアルプロテクター』です」
おお、なんか強そうな名前。
「じゃああれか。ヒビキが魔法ぶっ放してもソフィアが剣を振っても壊れないってことか?」
俺の言葉にヒビキは無言で頷いたが、ソフィアは少し訂正した。
「一撃では不可能ですね。物理的に斬れても魔法的防御に邪魔されます。ただ、私がかつての体だったなら壊さずとも飛び越えれば済む話ですが」
「こわ……このお姫様こわ……」
なんで外壁に対抗意識燃やしてんだよ……。
彼女は謎に熱くなってしまったことを恥じるようにコホンと咳払いすると、解説を始めた。
「話を戻しましょう。この結界ならば、大規模魔法をも防ぐことができます。そして有事には外壁の上に魔法使いを配置して攻撃することもできます。『デュアルプロテクター』ができて以来、魔法都市が敵の侵入を許したことはありません」
「これも魔法大学の研究成果、か」
つまり、この都市の人たちの安全を守っているものだ。
「ええ。技術が確立してコストの問題が解消すれば、王都にも造られる予定です。観光、というには少し退屈だったかもしれませんが、この都市が何に守られているのか知っておいて欲しかったのです。それがこの場所について知るということに繋がりますから」
かつて王都において魔王に立ち向かい、大勢の民を守った騎士様は、そう言ってニッコリ笑った。
◇
「演劇は何も最近できた娯楽ではなりません。昔から貴族を中心に親しまれてきました。しかしここの公演は昔からある演劇とは一味違いますよ」
大きな劇場の中に入ると、真っ先に大きな舞台が目に入ってきた。木造の古典的な舞台だ。大きな幕が下りているため、現在は中の様子は見えない。
シュカがちょっと不満そうに口を開く。
「演劇かー。見たことないけど、長い間じっとしてないといけないんだよね? 僕そういうの苦手かも」
「今回のものは教養的な内容ではなく誰でも楽しめる庶民的なものなのでシュカさんにも楽しんでいただけると思いますが……見るの、やめますか?」
ソフィアが気遣うように言ったので、俺は適当にシュカを煽る。
「なんだー? シュカは『待て』もできないのか?」
「ムッ……見るよ! キョウ君でも分かる話なら僕でも分かるし!」
こいつ……やっぱり俺のこと馬鹿にしてやがるな。
俺は馬鹿だがシュカほどではない。そう思って彼女を睨むが、彼女は「フン」と軽く鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
◇
舞台の幕が上がった。
主演らしい俳優が高らかに声を響かせる。
「おお、我が故郷は傍若無人にして邪知暴虐の魔王によって燃やしつくされてしまった! 私は決してこの虐殺を赦しはしない!」
平凡な農民だった彼は、復讐のために身を削って訓練を重ね、魔王討伐の大望に向けて動き出す。
彼の真摯でどす黒い願いを、運命の神は見ていた。
鍛錬のために入った深い洞窟の中で、彼は一振りの魔剣を手に入れた。
「神は私を見捨てていなかった! この憤怒の魔剣さえあれば、魔神すら打ち倒せるだろう!」
男は禍々しいオーラを纏う魔剣を手に入れた。
その剣は男に凄まじい力を与え、ついには魔王と対面することが叶う。
「我が怒り、この身を焼き尽くさんばかりの憤怒は貴様を焼き尽くすであろう。七大魔王、龍王ファフニールよ。ここが貴様の墓場だ」
男は真っ赤に燃える炎を纏っていた。自らの身をも焼く炎は、仇敵たる龍王にも襲い掛かった。
「馬鹿な……! 500年生きたワシが30年も生きていない小僧に負けるなど……ありえん……ありえんんんんん!」
龍王は消えない炎に焼かれ、灰となる。
後に残った復讐者もまた、自ら纏った炎に焼かれて塵となった。
これにて復讐劇はおしまい。後に残ったのは、魔王の恐怖から解放された人類の歓喜だった。
◇
「凄かったね! 炎がぶわーって! 魔法がゴーッて!」
シュカの語彙力不足な説明は、けれども俺たちの感想を代弁していた。
「すごいな。CGでも見てるみたいだった」
「ああ。科学技術抜きでこれほどの演出ができるとはな。正直なめてた」
遥かに進んだ技術でアニメやドラマを見ていた俺たちも驚いた。やっぱり生で見るっていうのは迫力が違う。
「こちらも大学からの技術提供ですね。既存の演劇に閉塞感を覚えた劇団と、魔法による演出に研究を活かしたかった大学側の提携です」
なるほど、ソフィアが俺たちに何を見せたかったのかなんとなく分かった。
「この都市には魔法を使える人だけじゃなく、みんなが楽しく暮らせるようにっていう願いが籠められているんだな」
確認するように言うと、ソフィアは満足気な表情で頷いた。
彼女がはりきっていた理由が分かった。
本当に、偽物なのに本気で国民を案じている優しいお姫様だ。
みんなが幸せに暮らせるように。素晴らしい理念だ。
それはこの世界でもまた誰もが願い、そして壊されてきた願いだった。
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