第47話彼らの連携
魔物討伐に出発する前、ヒビキから進言があった。
「今日の戦い、ボクに最後の一撃を任せてくれないか?」
「別に構わないと思うけど……なんでわざわざ?」
俺に語り掛けた彼女の表情は硬くて、何か決心を感じた。
「魔法大学での講義がかなり参考になったから、自分の力がどこまで通用するのか試したいんだ。……ボクの力がこのパーティーに相応しいものなのか、試したい」
「特に異論はありませんが……」
言葉に詰まったソフィアが俺の顔を見る。
「……キョウさんも、彼女の提案に賛同しますか?」
ソフィアの目が俺を貫く。彼女は、俺に選択を委ねているようだった。
ヒビキについて最もよく知る俺が決断するべきだ。彼女の瞳は、そう語っているようだった。
「ああ。ヒビキの言う通りにしよう」
どうやら、今のヒビキには自信というものが必要そうだ。
俺はそんな風に感じていた。
◇
森を進むいくらか時間が経った。今まで会った魔物は小物ばかりで、シュカの拳や俺の剣であっさりと倒せてしまった。ヒビキの魔法やソフィアの治癒の力すら必要なかった。
警戒しつつも、雑談を挟みながら森を彷徨う。
元から経験豊富なソフィアとシュカは特に緊張した様子はない。一方のヒビキは、相変わらずちょっと表情が硬いようだった。
シュカを先頭にして視界の悪い森の中を進んでいると、突然シュカが手を上げて立ち止まった。
彼女の耳が周囲を警戒するようにぴくぴく動く。見れば、ソフィアも周囲に鋭く視線を巡らせ警戒しているようだった。
「……いたか?」
「分からないけど、近いと思う」
俺は剣を抜き、ヒビキは杖を構えた。
やがて、奥の方から地響きが聞こえてきた。まるで岩石が地面を走っているような大きな音だ。重さだけで言えば、今まで会った魔物の中でも一番かもしれない。
枝葉を搔き分け――否、木の幹そのものを倒壊させながら、そいつは俺たちの前に姿を現した。
「キィィィィッ!」
叫び声が俺の鼓膜を激しく震わせる。
俺たちの世界にいた猿をそのまま10倍くらいに拡大したような見た目だった。
その巨体は、自然界にはそぐわないクリスタルのような色をしていた。
半透明の体毛は、周囲の緑を薄っすらと反射している。
森林という自然界において、その不自然な色はあまりにも異質だった。
「ソフィア、こいつが!?」
「間違いありません! Bランクモンスターの中でも最強と名高いダイヤモンドエイプです!」
凄まじい雄叫びと共に巨体が迫ってくる。それに真っ先に反応したのはシュカだった。
「魔闘術――流水」
直撃すれば肉体をえぐってしまいそうな拳を、シュカは滑らかな動きで受け流した。ダイヤモンドエイプの体がバランスを崩す。
いつもならそのままカウンターを繰り出すところだが、彼女は不機嫌そうにこちらをちらりと見た。
……なんだ。不満そうにしてても一応協力する気はあったんだな。
「ヒビキ! お勉強の成果見せようぜ!」
「ああ! 『大地よ、万物を支える不動なるものよ――』」
ヒビキが詠唱を開始するのと同時に、ソフィアの聖魔法が発動した。結界魔法。聖女たる彼女のそれは、並大抵の攻撃を通さない。
シュカを躱してこちらに突っ込んできたダイヤモンドエイプは、まるでパントマイムでもするみたいに透明の決壊に衝突した。
「キィィ!?」
全速力でぶつかったにも関わらず、ダイヤモンドエイプは大したダメージを受けていないようだった。
鉄壁というのは本当のようだ。自身の体重も相まってコンクリートに突撃したトラックのような衝撃を受けたはずだが、流石のタフさだ。
動きを止めたダイヤモンドエイプに向けて、俺は斬りかかった。
「フッ……」
魔力を籠めた一撃は、頑強な皮膚を浅く傷つけるだけにとどまった。
仕留められるとは思っていなかったが想像以上の硬さだ。
「ヒビキ、いけるか!?」
「――『其の威容を示し、地上を貫け。クレイランス』」
ヒビキの詠唱が終わると、地面から土でできた巨大な槍が飛び出した。
「キィィィ!?」
俺の剣など比べようもないほどの威力の籠ったそれは、ダイヤモンドエイプの胸をあっさりと貫通した。
「キィ……」
急所を貫かれた魔物は、槍に貫かれたままその場で力尽きた。
「お、おお……」
凄いな。ヒビキの魔法は元々凄い威力をしていたが、ここまでだっただろうか。
実際、技の派手さで言えば前に使っていたやつの方が上だ。
しかし今のは、敵の急所を正確に捉えていた。
戦闘が終わったのを確認して、ソフィアとシュカがこちらに近づいてくる。
「ヒビキさん、今のは見事な攻撃でしたね」
「ああ、ありがとう。思ったより上手くいってボクも安心したよ」
「ヒビキー! 次は僕にそれ撃ってよ! 戦おう戦おう!」
「いや、シュカが防御しそこねたら死ぬだろ……」
戦いの心得がある二人から見ても、ヒビキの今の一撃は見事なものだったらしい。
「……良かったなヒビキ」
少し心配していた。彼女は自分が役に立っていないんじゃないかと気にしているようだった。
そんなこと直接言うのもこっぱずかしいので言わないが。
「キョウ、なんか言ったか?」
「いや……」
「ヒビキ、キョウ君は今自分より君がちやほやされて不機嫌なんだよ。そっとしておいてあげて?」
「おい、勝手に俺の心中を捏造するな」
ヒビキが評価されるなら普通に嬉しいし。
仲良く話すヒビキとシュカを眺めていると、ソフィアがこっそり話しかけてきた。
「キョウさん、どこか安心してますね。ヒビキさんのメンタルを心配してらっしゃったのですか?」
「……ソフィアにはバレてたか。ヒビキには言うなよ。変なプライド刺激するから」
「ふふっ、キョウさんは自分勝手だなんだと言っていますが結構気遣いの人ですよね」
ソフィアは心底面白そうに笑った。そういうこと言われと、居心地が悪い。
「それは勘違いだぞ。俺は俺が気持ち良くやるために自分の気に入った人間には幸せでいてほしいんだ。あいつのためじゃなく俺のためだ」
「ええ、ええ。そうでしょうね」
ソフィアの笑顔は崩れなかった。余裕を見せつけられているみたいで、ちょっとした敗北感を覚える。
「ソフィアは俺に期待しすぎなんだよ。俺は君みたいに清廉潔白じゃない。嫌なことからは逃げるし楽しいことばっかり考えて。勝手に期待して勝手に失望しないでくれよ」
「ええ、存じていますよ。その上で、私はそういう方が好きですよ。いいじゃないですか、自分の大事な人のためになら頑張れるだけでも。元々私もそういう考え方でしたから」
ソフィアは少し視線を逸らすとどこか遠くを見つめた。
会話が途切れたところで、ヒビキとシュカがこちらを見ているのに気づいた。
「……なんだ?」
「いや、やっぱりお前ら仲良いなと思って」
ヒビキはそれだけ言って、すぐに別の言葉を紡いだ。
「討伐の証拠を持ち帰らないとだな。今剣を扱えるのはキョウだけだ。耳のあたりでいいから斬ってくれないか?」
「おう。ところでこの宝石みたいな表面、高く売れたりしないのか?」
「ダイヤモンドエイプの皮は珍しい見た目から高く売れますが、良い状態で切り離すには専門的な技術が必要です。冒険者ギルドに任せれば討伐者にもお金が入ってくるはずなので、今は討伐証明だけで十分ですよ」
相変わらずソフィアはこの世界の事情に詳しいな。
耳を切り取ると、俺たちはその場を後にした。
冒険者ギルドに戻ると、受付の女性がひどく安心した顔をした。
「皆さん、討伐お疲れ様でした。これで周辺住民の皆さんも安心できるかと思います」
「いえいえ、それほどでも……本当仲間たちが優秀だっただけで、いやでも俺も結構……ガッハッハ!」
「キョウ君、テンション高いね」
「あいつ美人に褒められるとすぐ調子乗るからな」
「調子の良い奴め……」
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