第45話成長と次のステップ

 俺とヒビキが魔法について学んでいる場所、魔法大学内には、実際に魔法を試すための大きな実験室が存在する。

 高位の魔法を撃っても周囲に破壊が及ばないように結界が張られている、体育館のような巨大な部屋だ。

 ここなら派手で効果範囲が広い魔法を使っても観察できるし、実戦的な訓練もできる。

 

 俺はそこで、杖を構えたヒビキと相対していた。


「キョウ、行くぞ!」

「ああ、来い!」


 真剣勝負だ、とあらかじめ言っていただけあってヒビキのやる気は十分だ。

 ヒビキが詠唱を始め、杖が光り出す。


「『――ウォータートルネード!』」

 

 生み出されたのは、巨大な水の渦だった。背丈をはるかに超す青色の旋風。

 漫画にでも描かれるような非現実的な魔法が俺に迫ってくる。

 

 それに対して、俺は何の変哲もない普通の剣を構えた。


「フレーゲル剣術 中伝 ツインスパイク」


 最近ソフィアに教わった技を発動する。

 高速で振るわれる剣には、薄っすらと魔力を纏っている。

 

 ソフィアには「うーん、技量で言えば騎士のギリギリ及第点でしょうか。威力は申し分ないです」と言われた一撃だ。

 否定的に聞こえるが、これは剣に関してはとことん厳しい彼女にしては肯定的な評価だと言えよう。


 俺の剣が風音を立てて竜巻を迎え撃つ。技の熟練度はかなり上がっている。

 もし仮に高校生をしていた俺だったら、その動きを目で追うことは不可能だっただろう。

 

 ただし、普通に考えれば鉄の塊が風を斬れるわけがない。


「はあああ!」


 しかし、魔力を籠めれば魔法は斬れる。

 

 気合を入れて剣を振る。単にスキルに任せて剣を振っているわけではない。そこに俺の意思を、魔力を乗せる。

 

 二連撃技が竜巻を襲った。

 一撃で竜巻の威力を弱め、二撃目で完全に吹き飛ばす。


「『炎よ、我が意思に応えよ。ファイアーストライク!』」


 今度は俺の番だ。

 構えた腕から噴き出した炎が、ヒビキへと猛スピードで襲い掛かる。

 いつかドラマで見た火炎放射器の噴射。それを何倍も大きくしたような猛火の津波だった。

 

 しかし、ヒビキの反応は早かった。

 まるで事前に何が起きるのか分かっていたかのようだ。いつの間にか彼女の前に生み出されていた水の盾が、俺の炎の噴射を防いだ。

 

 ジュッ! という音を立てて消える炎を見ることすらせず、ヒビキは次の魔法を繰り出していた。

 

「『紫電一閃』」


 俺が見た中で最も早い魔法だった。ヒビキの杖から飛び出した雷は、一切ぶれることなく俺の体に迫ってくる。

 俺の炎魔法なんて比じゃないほどの速度だ。

 

 剣での防御も回避も全く間に合わず、俺は電撃を体で受けた。

 

 その途端、実験室に眩い光が走った。

 

 その光の正体は、魔法大学が誇る技術の一つ、魔法からの身体保護だ。

 実験室に張られた結界の中では人体を直撃した魔法の効果が中和される。学者が何代にも渡って開発した魔法を中和する大魔法だ。

 

 ヒビキの凄まじい雷に焼かれた俺は悲鳴を上げながら倒れ込むはずだったが、その場で軽い痺れを感じる程度に収まった。

 

 誰の目から見ても、決着は既についていた。

 

「ふふ……見たかキョウ! ボクの勝ちだ!」


 ヒビキが絵に描いたようなドヤ顔でこちらに近づいてきた。うきうきとした足取りなので、豊満な胸が上下に揺れている。

 コイツ……いつになくテンション高いぞ……! 

 

 ヒビキはテンションが上がると結構分かりやすい。俺の背中とかバンバン叩いてくるし、手を叩いて笑ったりする。

 普段クールぶってるので分かりやすい。頭の良い美女、と言った印象を受ける今の彼女がそれをやると結構ギャップがある。


「なんだよお前。強いじゃねえか。俺いなくても魔神とか倒せるんじゃねえか? もうお前ひとりでいいよ。俺は女の子とイチャイチャしてくる」

「お、なんだ? いじけてんのか? キョウにはしては可愛い反応だな」


 ヒビキがニヤニヤして俺の顔を覗き込んでくる。彼女の嬉しそうな笑顔が近づいてきて、俺は動揺する。

 

「……冗談だよ。俺はハーレムパーティーに相応しい男になるからな。まずは世界を救わないと」


 ヒビキは俺の言葉ににっこりと笑うと、顔を覗き込むのをやめた。彼女の人差し指が眼鏡を引き上げ、その瞳がレンズで見えなくなる。


「これで、ボクもお前の役に少しは立てるかもな」

「え?」


 彼女がぽつりと呟いた言葉は聞き取れなかった。

 聞き返すが、彼女はなんでもなかったような表情で別の話を始めた。


「キョウの魔法も随分威力が上がったな。美女に魔力の使い方を教わったかいがあったな」

「ああ。教えてくれたのが男だったらこんなに早く上達しなかっただろうな。美人さんの前で頑張ろうとしたのが良い方向に働いた」

「現金な奴め……」

 

 ヒビキは呆れたような目で俺を見た。


「ただ、今の魔法があっても王城で会ったソウルドミネーターを倒せたか怪しいな」

「……まあな」


 あいつは別格の気配を纏っていた。今の自分でも倒せるビジョンが浮かばない。


「だから、単に魔法が上手く扱えるようになったからと言って喜んでもいられないだろう」

「ヒビキは相変わらず現実的だなー。ここは凄い魔法撃てるようになった! って素直に喜ぶところじゃないか?」


 本当はもうちょっと喜んでいたかったんだろ。俺には分かる。

 いつもより表情豊かだし、目がキラキラしてる。そんなに俺に勝てたのが嬉しかったのだろうか。

 

「ボクはお前のようなお気楽バカじゃないんだよ。個人の力には限界がある。ボクたちに次に必要なのは、実戦経験、それとパーティー全体での連携の練習だろうな」

「いやでもシュカとか放っておいても敵を殴り倒すし練習しても無駄じゃないか? というかあいつを制御できる気がしない」


 ひとたび戦いのことになると、あいつの思考はかなりおかしい。

 普通、何の備えもしていない仲間のお姫様に急に殴りかかるか?

 悪意がないだけになおさらタチが悪い。あいつは人を害したいのではなくただ戦いたいだけなのだ。

 

「いや、他の奴ならともかく、キョウの言うことならシュカは従うだろ」

「そうか? あいつ基本的に俺のこと舐めてないか?」


 少なくとも敬意を感じたことは一度もない。まあ俺も彼女に敬意を示したことはないが。

 

「舐めてるかどうかと従うのかは別だ。だから、俺たちのパーティーで本格的に冒険者としての仕事をするぞ」

「勉強の次は仕事かあ。嫌だなあ。もっと楽して女の子とイチャイチャしたい」

「この阿呆は……」


 ヒビキの呆れたような視線を受けながら、俺は輝かしい未来に思いをはせた。

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