第44話裸の付き合い
見渡す限りの肌色に、ボクは頬を赤らめた。無意識に自分の胸を隠してしまう。
隠すもののないむき出しの肉体を、ボクはタオルで隠した。
女風呂。それは男子高校生なら一度は侵入を夢見るユートピアだ。
キョウがボクの話を聞いたなら、血の涙を流して悔しがるだろう。
「なんでお前だけ! ずるいぞ!」とか言ってきそうだ。
……想像したらムカついてきたな。
あいつはスケベ猿だ。馬鹿男子高校生だ。ハーレム野郎だ。
「ヒビキさん、何をそんなに恥ずかしがっているのですか? 早く行きましょう」
「ソ、ソフィアはなんてそんな堂々してるんだよ! お前もTSっ娘だろ!?」
「ええ。でも今の私は女性なので」
不思議そうに首をかしげるソフィアの姿を直視する。
彼女の美しい裸体は、女性の目すら惹きつけていた。
ボクの目もまた彼女の体を観察する。
冗談みたいに白い体は、まるで陶器みたいだ。均衡の取れた体は細くて、触れたら折れてしまいそうなほど。
胸は平均よりやや小さいくらいか。それは欠点というよりむしろ彼女の上品な美しさを引き立てているようだった。
特に腰まわりの曲線が綺麗だ。きゅ、とくびれた腰のあたりはコルセットでも巻いてるみたいに理想の体型。
男が見れば、思わずその細い腰に手を回して……
「――ああー! 違う! ボクはキョウとは違う!」
性欲とか興奮とか、全然しないし……! 眼鏡を触って落ち着こうとしたが、風呂に入る際に置いてきたことに気づく。
ああ、ボクは随分動揺してるな。
「ヒビキ、何でそんな挙動不審なの? 眼鏡がないとまともに話せないタイプなの?」
シュカが呆れた様子でボクに話しかけてくる。そちらを見て、ボクはまた息を呑んだ。
惜しげもなくさらされたシュカの体は、健康的な美を体現していた。
肌はソフィアよりやや焼けている。しかしシミ一つない。自分の体のケアなど興味なさそうなシュカは随分と綺麗な体をしていた。
胸はサラシ越しに見ている頃から大きいと思っていたが、改めて直視すると普段の印象よりさらに大きい。柔らかくて、触れれば手が沈んでしまいそうだ。
腰まわり、それと脚がかなり引き締まっている。普段から運動している成果だろう。ソフィアの腰回りは折れてしまいそうな美しさだったが、シュカのそれは余分な脂肪を落とした機能的な美を感じさせた。
ところどころに筋肉がついているのが分かる。シュカの場合、筋肉は自分の体を太くするより内側に溜まっているようだった。
大男をも一撃で蹴り倒してしまう脚は、ソフィアのものと比べるとやや肉がついている。
しかしそれは不摂生の結果というよりも、運動している結果のようだった。
視覚だけでも肉感を訴えかけてくるそれは、豊かな魅力を放っている。
「……ヒビキ、目がちょっと気持ち悪いよ?」
シュカが少しだけ体を手で隠す。
「ばばば、馬鹿! ボクがそんなこと考えてるわけないだろ! キョウじゃあるまいし!」
「具体的には何も言ってないんだけど……」
入口でずっともたもたしているわけにはいかない。ボクたちは湯船に浸かる前にシャワーを浴びることにした。
「王都にいた頃から思っていたが、異世界なのに随分風呂が充実しているな……」
もっとも、ボクは大衆風呂を使うのは避けていた。言わずもがな、裸の女性の中に入っていくのは罪悪感があったし恥ずかしいからだ。
「入浴文化は勇者、転生者が広めたものらしいですよ。日本人として一週間風呂に入らないのはありえない! とかなんとか」
「ああ。気持ちは分かるな。街にいる時はともかく、移動中はずっと風呂なしだからな。ソフィアがいなかった時は特に汗が気持ち悪かった」
「ヒビキはキョウに汗臭いと思われるが嫌だったんじゃないの?」
「……フン、そんなわけないだろ」
「ヒビキ、動揺すると眼鏡を指でクイッて上げようとするよね。今空振りしたけど」
「……」
バレバレだったらしい。誤魔化すのをやめて、ボクはシャンプーで体を洗うのに専念した。
「そういえば、二年間女だったソフィアはともかくシュカはなんで違和感なく女風呂入ってるんだよ」
「僕? いや、裸とか裸じゃないとか、あんまり関係なくない? そういうの気にするのは交尾の時だけでしょ」
「――ゴホッ! ゴホッ! 交尾って言い方はないだろ!」
もっとこう、風情のある言い方をしてくれ。
シュカの言動は色々おかしいと思う。戦闘バカであること以外も。
「シュカさん。あなたも今は乙女なのですから、言動には気を付けた方がいいですよ」
「ええー。僕ソフィアみたいに育ち良くないもん。ていうか女であることはわりとどうでもいいし」
拗ねたように言うシュカの言葉を聞きながら、ボクは髪をシャワーで流した。
「まあ、私が強制できるようなものではありませんが。けれど、キョウさんに変に思われるのはシュカさんも嫌でしょう?」
隣でシュカが動揺しているのが雰囲気から察せられた。ボクは耳だけ傾けたまま髪をシャンプーで洗う。
「え、そんなに変だったかな?」
「ええ、かなり」
「そっか……ちょっと考えてみる」
シャンプーを髪に馴染ませながら、ボクは驚いていた。シュカが素直に人の言葉を聞き入れるのは珍しい。
短い付き合いで、ソフィアは彼女の扱い方が分かったらしい。
体を洗い、湯舟の中へ。
移動中は、恥ずかしくてなかなか周りを見れなかった。
しかし、お湯の中に身を沈めていると不思議と動揺は収まってきた。
「ふう……やっぱり風呂は落ち着くな」
「ヒビキ、さっきまで縮こまっていたのに凄い満足そうだね」
「ああ。なんだか日本に帰ったような気分だ」
思い出す。平和な日本で暮らしていた頃のこと。
ボクは男で、キョウのただの友達で、なんでもない学校生活を過ごしていた。
キョウの馬鹿な話に呆れて、適当にチャチャを入れて、そんな日々が退屈だとも思っていた。
「ヒビキさん。昔のことを思い出しているのですか?」
ボクの顔を見て、ソフィアが優しく問いかけてきた。
「ん? ああ。この世界に来る前のことを、ちょっと」
「そうですか……ここに来る前は、キョウさんと一緒だったんですとね?」
どうやらソフィアは、ボクとキョウはここに来るまでどんな風に暮らしていたか気になるらしい。
見れば、シュカも興味深そうにボクを見ていた。
「そういうことを気にするあたり、余裕そうに見えてソフィアも恋する乙女だな」
「……いえ、別に? ただお二人がどんな生活をしていたのか気になっただけですが? 以前私の暮らしは話したので、聞いておかないと不平等だと思いまして。本当に、それだけですから!」
ソフィアがやたらと早口になる。こうなった時の彼女はたいてい照れている。キョウと話してる時よくこの状態になっていた。
「……キョウとボクは、いわゆる幼馴染みだ」
からかうのもほどほどにして、ボクは彼とどんな風に過ごしてきたのか話し始めた。
「小学生で同じクラスになったんだ。その頃のボクは同級生に馴染めてなかった。嫌な奴だったからな。他人の間違いばかりが目について、注意して」
「正義感が強かった、ということですか? 決して悪いことには思えませんが」
「まあ、よく言えばそうだが。ただ小学生にとって鬱陶しかっただろうことは想像できる。だからボクは、みんなにからかわれるようになったんだ。悪口を言われるとか上履きを隠されるとか、そういう些細なことだけどな」
少しだけ当時を思い出して、ボクは上を見上げた。湯煙がもわもわと立ち昇っている。
「それでもボクにはショックだった。自分は間違ってないのにどうしてこんなことになるんだっていじけて、でも何もできなかった」
あの頃から、ボクは臆病なままだ。
「そんな時、キョウが現れた。奴は悪口を言っている同級生の前に立って、こう言い放った。『お前ら、つまんないことしてるな』と」
あの頃からずっと、彼の判断基準は自分が楽しいか楽しくないかだ。
「キョウはボクをからかう奴らを放っておいてボクと遊び出した。そっちの面白そうだから、とあいつは言っていたかな。――多分嘘だろうな」
「どうしてそう思うの?」
シュカが曇りのない瞳でボクを見つめて聞いてくる。
「あいつは小学校の人気者。そしてボクは暗くて隅っこで本を読んでいる日陰者だ」
「今のヒビキさんはそんな感じはしないですけどね。もっと堂々としているというか、自分の知識、及びそこから出す推論に自信を持っているように見えます」
「そうそう! 結構いつも自信満々だよね!」
二人の明るい言葉を聞いて、ボクは少しだけ笑った。
「そう演じてるだけだ。――本当にピンチの時には何も思い浮かばないんだからな」
結局、シュカと戦った時もソウルドミネーターと戦った時も、ボクには何もできなかった。
ボクは本当にキョウと一緒にいてもいいのだろうか。そんな想いが頭にぼんやりと浮かんできたのは、結構前からだ。
いや、これは彼女たちに話すようなことでもないな。ボクは気持ちを切り替えた。
「……いや、この話はいいんだ。そうだな。キョウの初恋の話とか聞きたいか?」
「えっ、なにそれ面白そう! 聞きたい聞きたい!」
「えっ、ははは、初恋ですか!? それは聞きたいような聞きたくないような……いえ、でもこれから彼と付き合う上でどんな経験をしてきたのか聞いておくことは良好な関係構築に必要なことなのでき、聞かせてください!」
元気に返事するシュカと、やたらと動揺するソフィア。
それを見てなんだか先ほどまで悩んでいたのが馬鹿らしくなったボクは、上機嫌で語り始めた。
それから、ボクたちの湯船での談笑はソフィアが顔を真っ赤にしてのぼせたので終了となった。
彼女は相変わらず今の自分の体力を把握できていないらしい。虚弱気味のソフィアには長時間の入浴はきつかったらしい。
のぼせたソフィアは「まだ……いけますから……」とうわ言のように言っていてボクたちを苦笑させた。
多分、ボクものぼせていたのだろう。
上機嫌にキョウとの思い出を語っていたボクは、結局二人にマウントを取りたかっただけじゃないのか? 優越感に浸り、二人に負けることはないのだと実感したかったのかもしれない。
そうだ、ボクはこんなにも魅力的な人間である二人に嫉妬していたのだ。
たとえ性別が変わったとしても、ボクの醜いところは変わらなかったのだ。
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