第43話ヒビキの日常

 寝ぼけ眼に眼鏡をかける。この眼鏡は、ボクが日本から唯一こちらに持ってこれたものだ。

 体すら作り替えられてしまったボクにとって、これだけがヒビキである証拠。

 ひび割れていた部分は魔法で直してもらって使い続けている。

 

 視界が明瞭になったので、身だしなみを整える。

 

 顔を洗い、髪を丁寧にとかす。長くなった黒髪は、相変わらずツヤツヤしている。

 男だった頃ならともかく、今の体でだらしない恰好を人目に晒すのは抵抗がある。

 

 女になってしまった生活にもすっかり慣れたものだ。

 キョウがこんなところを見たらなんて言うだろうか。

 

 ローブを羽織り、三角帽子を被る。

 そうすれば今のボクは誰がどう見ても魔法使い、あるいは魔女だ。

 

 相部屋のシュカの姿は既になかった。今日も元気に早朝から走り込みだろうか。

 無人の宿の部屋に鍵をかけてボクは外にでた。

 ランニングも終わった頃だろう。多分今はここにいる、と宿の隣、ソフィアの部屋へと向かう。

 

 ノックをして自分の名前を告げ、ドアを開く。

 予想通りそこにはシュカとソフィアの二人がいて、何やら談笑していた。

 

「あれ、ヒビキが珍しく遅起きだね。今日は魔法大学行かないの?」

「んー? ああ、今日は講師役の人がいないからな。キョウは休みだーやったーってどっか出掛ける計画立ててた」

「キョウさんらしいですね」


 その様子を想像したらしい。ソフィアがクスクスと笑う。


「それじゃあせっかくだしあれだね。今日は僕ら三人でどこか行かない?」

「私たちで、ですか……?」


 ソフィアが意外そう顔でシュカに問い返すと、彼女はケモ耳をピクピクさせながら笑った。


「そう。王都から逃げ出してきたからずっと慌ただしかったから、ソフィアとは話す機会全然なかったでしょ? ヒビキもそう思わない?」

「まあ、たしかにそうだな。ソフィアがTSっ娘だと知ってから全然会話した記憶がない。ソフィアはキョウとばっか話してるからな」

「そそそ、そんなことはないと思いますが!?」


 ボクがソフィアに揶揄うように言うと、彼女は顔を真っ赤にしてブンブンと手を振った。実際のところ、ソフィアとキョウはかなり仲が良くてここに来るまでもよく話していた。

 王都にいた時以上に、彼女はキョウと距離が近くなっていた。


「あー、それはそうかも。ソフィアはキョウがいないなら僕たちと一緒にいたくはない?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。お二人とも今まで私が会ったことのないタイプの方ですからね。話していて面白いです」


 ソフィアがにっこりと笑う。あまり嘘はなさそうだ。

 元々、好奇心旺盛な人だとは思っていた。

 騎士とお姫様。どちらの身分も、あまり自由がなかったのかもしれない。

 

「でも、ソフィアは自分で買い物とかあんまりしてないんじゃない? 箱入りのお姫様でしょ? 大丈夫? 小銭の価値とか分かる? ぼったくられても気付かなかったりしない?」

「まあ、最近はそうでしたが……でも騎士だった頃は買い出しなど行ってましたよ。私はシュカさんの思うような何も知らないお姫様ではないので!」


 ふふふ、と不敵に笑うソフィア。

 中身がどうとか知られる前なら決して見せなかった顔だろう。


「いやあ、でもソフィアは隠してた中身も踏まえて結構そのままな気がするけどね。騎士だっけ? 育ちがいいのはそんなに変わりないんじゃない?」

「育ち、ですか? 騎士たる私の家は貴族家ですが、そこまで歴史のある家ではないですよ」

 

 それを聞いたシュカは、納得したように頷いた。

 

「やっぱり貴族だったのかー。うん、なんとなく予想はしてたな」

「ああ、ボクも納得した。体が変わる前からなんか気品ある感じだったんだろうな」

「気品がある、というのは騎士の男だった身としてはあまり褒め言葉に聞こえないのですが……」

 

 ソフィアが微妙な表情を浮かべた。

 完全に女性としての自分を受け入れたように見えた彼女だが、一応男性としての意識は残っているらしい。


「じゃあソフィアはどんな風に見られたいの?」

「そうですねえ、頼りになる治癒術師、でしょうか。キョウさんが魔神を討伐するというのなら、それを全力で支えられるようになりたいです」

「へえ、なんか予想外だね。ソフィアはお姫様な見た目してるのに理想は騎士なんだね」

「ええ。肉体が変われど信念まで変わったつもりはありません。私は私。姫様の肉体を受け継いでここにいるのですから、彼女に胸を張れるように生きるのです」


 ああ、彼女は凄いな。大事な人を亡くして、それでもなお前をむいて 生きようとしている。

 ついついネガティブになって、彼女とは比較にならないほどつまらないことで落ち込んでいる。


「なるほどー! 信念のある人、僕は好きだよ。強いからね! というわけでソフィア、もう一回僕と戦ってくれないかな!?」

「戦いません。私は剣を振ったら一日はまともに動けませんから」


 ぴしゃり、と言い放ったシュカをギロッと睨むソフィア。

 シュカは不満そうに口を尖らせた。


「ええー! ケチ! 民の期待に応えた聖女様なら僕の願いも叶えてよ!」

「他人に迷惑をかける願いは叶えません。あの後キョウさんに怒られたのをもう忘れましたか?」

「うっ……覚えてるけど……」


 いつもはシュカと一緒に馬鹿をやるタイプのキョウだが、シュカがソフィアに殴りかかった時は結構本気で怒っていた。

 街について落ち着いてからキョウにこんこんと怒られたシュカは、犬耳がへた、と倒れていたのをよく覚えている。


「仲間内くらい平和にやれよ。敵に出会う前に動けなくなってたら笑い話にもならないぞ」


 別に不仲というわけではないと思うが、身内からいつ襲われるか分からないのは流石にソフィアが可哀そうだ。


「まあそうだよね。僕だって全力を出せずに死ぬのは避けたいし。じゃあ、ちょっと物足りないけど普通にどこか行こうか!」


 と言っても三人の趣味は微妙に合わない。

 ボクが好きなのは魔法とかその辺だ。知識欲が刺激されるし、ファンタジー要素はワクワクする。

 

 シュカが好きなのは体を動かすことだ。暇さえあれば冒険者ギルドで依頼を受けて魔物を討伐しに行っている。そんなストイックさが彼女をSランク冒険者にしたのだろう。

 しかし、休日で一緒に出かけようと言って依頼をこなすというのも変な話だ。

 

 ソフィアが好きなものは分からなかった。彼女に話を聞いてみると、忙しくて趣味どころじゃなかったらしい。

 昔は剣を見たり、友人の遊びに付き合ったりと色々やっていたらしい。「これから少しずつ楽しいことを思い出していきます」とは彼女の言葉だ。


 ボクたちは頭を捻った。共通点と言えば全員TSっ娘であることくらい。趣味嗜好はかなり違う。

 悩んだ末に向かった先は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る