第42話罰ゲーム?

 頑張ってばっかりだと疲れてしまう。そう言い訳して、俺は今日頑張らないことにした。

 真面目なヒビキやソフィアと一緒だと、どうしても真面目な話になりやすい。魔法の話とか、剣の話とか。

 それは彼女らの美徳だと思うし嫌いじゃないが、俺は別に真面目な人間じゃないのでたまには羽目を外したくなるのだ。


 というわけで、俺は普段からあまり難しいことを考えてなさそうなやつに声をかけた。

 

「シュカ、今日は二人で遊ぼうぜ」

「え? 珍しいじゃん! いいよいいよ! なにする? 筋トレ? 組み手?」

「それはもちろん……」


 無防備なシュカへとするりと近寄り、そっと肩を掴む。


「この前ソフィアに殴りかかったことへの罰ゲームな」


 俺の手がシュカのふさふさした犬耳に伸びる。その途端、シュカは凄まじい勢いでバックステップを踏んだ。

 彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。


「きょ、キョウ君の変態! 馬鹿! それはダメだってこの前教えたじゃん!」

「ええー。ダメなことをしたのはお前も一緒じゃん」


 人に殴りかかるのはダメなことだろ。そう思って彼女を睨みつけると、バツの悪そうな顔をする。


「それはその、目の前に未知の強敵がいると思ったら腕試ししたくなるじゃん。キョウ君は三日何も食べずに過ごした後に目の前に出されたステーキを食べずにいられるの?」

「……無理だな」

「じゃあ僕がソフィアに挑みかかっても仕方ないよね!」

「いいわけあるか! それとこれは話が別だ!」


 俺はお前の話術になど引っかからんぞ、馬鹿め!

 

「と言っても、耳と尻尾をいじり倒すのも考えものだ。シュカの言葉を信じるなら、あれはセクハラに当たるのだろう」

「だからそうだって言ってるじゃん。この世界じゃ常識だよ」

 

 シュカが不満げに口を尖らす。

 

「俺はセクハラは好かない。あれは両者が内心それを認めているからゆるされるものだ。罰則は使うのは俺のポリシーに反する」

「キョウ君はハーレム作ろうとか言ってるのに謎に義理堅いよね……」

「なので! お前には着せ替え人形になってもらう!」


 ビシッ! とシュカの顔に人差し指を突き付けると、彼女はポカンとした表情を浮かべた。

 


 


 服屋の前には、幼子のようにみっともなく駄々をこねる獣人の姿があった。

 

「やだやだやだ! スカートなんて動きづらいもの僕は履かないぞ!」

「普段上半身サラシだけの奴が何恥ずかしがってんだ! お前は素材はいいんだから大人しく俺の目の保養になりやがれ!」

「これはセクハラじゃないの!?」

「違う! 現にお前は今そんなに嫌がってない!」


 俺の言葉に、シュカが大きく肩を震わせた。

 

「ッ…………そ、そんなわけないじゃん!」

「今否定までに3秒あったな。耳もピクピクしてる。これはもう肯定です」

「ッ!」

 

 シュカの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。活発な顔が羞恥に染まる様は嗜虐心のようなものを刺激される。

 

「ほら、店先でいつまでもうじうじしてると邪魔だぞ。入った入った」

「あっ、ちょ」


 彼女の手を握って服屋の中に入る。岩すら砕くであろうシュカの拳は、俺の手で包み込んでしまえそうなほどに小さい。


「いらっしゃませ」

「ああ、店員さん。コイツにコーディネートしてやってください。気になってる男とデートに行くそうなので」

「ちょ、キョウ君!?」


 とんでもない出まかせを言い始めた俺に驚きの声を上げたシュカ。その様子を見た女性店員は、面白そうに頬を吊り上げた。


「予算はいかほどで?」

「金に糸目は付けませんよ」

「おお……」


 もともと俺は、この世界に召喚された時に一人では使い切れないような資金をもらっている。

 加えて、冒険者としてランクが上がってきた俺たちは高位の依頼を受けられる。その分、依頼一回でもらえる報酬額も上がっている。


「それではさっそく準備させていただきますね。愛しい彼女さんの姿を楽しみにしていてくださいね!」

「え? あっはい」


 なんか勘違いされてる気がする。まあいっか。その方がシュカが恥ずかしがって面白いし。

 店員さんに連行されていったシュカが試着室に放り込まれているのが見える。

 シュカの悲鳴にも似た声が店内の奥から聞こえてくる。

 

「あっちょっ……いやいやいや! それは無理でしょ! 布小さすぎでしょ!」

「それはひょっとしてギャグで言っているのですか? なんですかその防御力ゼロの上半身は! 出せばいいというものではありませんよ! いいから私に身を任せてください!」

「いや上は別にいいんだって! ……このひらひらは何?」

 

 どたどた、と店内を走っている音がする。


「いやいやいや! 下着は関係ないでしょ!」

「あります! その色気の欠片もない下着では彼氏さんがガッカリしてしまいます!」

「だからそういうのじゃないんだって! キョウ君は異性って感じじゃないから!」

「それでは今から意識してもらわないとですね!」

「ちがーう! そういうことじゃないっ!」


 ……楽しそうだな。

 

 店員さんのあわただしい足音。衣擦れの音。シュカの悲鳴。

 それらをボーっと聞いていると、やがて店員さんが俺の方に歩いてきた。

 

 大きな仕事を為した後のように額の汗を拭いながら、満足気な表情で彼女は俺に話しかけてくる。

 

「なかなか強情な彼女さんでしたが、良い服を選んだと自負しておりますよ。それでは、彼女の艶姿をご覧ください」

「……」


 普段うるさいシュカの声がしないな、とこちらに歩いてくる彼女の様子を見る。

 そちらを見た途端、俺は息を呑んだ。


 最初に目に映るのは、普段サラシだけで健康的な肌を晒しているシュカの襟付きシャツだ。色は水色。

 普段よりも露出の抑えられた彼女は、いつもよりも大人びて見える。

 

 そしてボトムスは薄いピンクのスカート。白色の生地に、ふわふわという装飾がついている。まさしく女の子、と言った感じだ。

 店員さんは言わずとも俺の要望を汲み取ってくれたらしい。

 丈はなんと膝上。いつものようにハイキックをかましたら中身が見えてしまうだろう。

 

 そして、彼女の短い髪には小さな髪飾りがつけられていた。

 横の髪を軽くまとめる、小さな髪飾り。普段飾り気の一つもない彼女らしくないものだった。


「……」

「……」


 思わず、黙ってしまう。シュカも顔を赤くしてもじもじするばかりなので、気まずくて仕方がない。

 店員さんが俺たちの様子をニマニマして見つめていることも気恥ずかしさを加速させている。

 

 シュカ、なんか話せよ。普段余計なことまで話すくせに急に黙りやがって。


「な、なんか言ってよ」

 

 俺の脳内を覗いたようなセリフをシュカが言う。その目は潤んでいて、耳が期待するようにピクピクと動いている。

 

「悔しいが、似合ってるな」

「ほ、本当……?」


 シュカの瞳がじっと俺を捉える。彼女の後ろで尻尾がブンブンと振られているのが見えた。


「ああ。女の子の容姿について俺は嘘はつかない。……たとえ中身がお前でもな」

「微妙に素直じゃない物言いだね」

 

 正直、期待以上だった。恥ずかしがってるシュカを見て目の保養になれば、程度に思っていた。

 しかし現れたのは、まさに女の子らしい女の子だったのだ。

 ふんわりとした服。健康的な生足が形の良い顔を引き立てている。

 街を歩けば人の目を奪うこと間違いなしだろう。

 

「キョウ君、もう気はすんだでしょ! 僕はもう着替えるから!」

「いえいえいえ!」


 試着室へと戻って行こうとするシュカを、先ほどコーディネートを担当した女性店員が引き留めた。


「本当に似合っていますから! 彼氏さんもかなり喜んでますから! もう少しだけそのままでいてください!」

「キョウが喜んでる……?」


 ぴく、と耳を動かすシュカ。


「はい。あなたは照れてよく顔を見れていなかったようですが、彼氏さんは話す時も目がちょっと泳いでいましたよ」

「……」


 本当か、と問うようにシュカがこちらを見るので、俺は反射的に目を逸らす。


「あれ、たしかに普段と違うな」


 ひょこひょこと、シュカはスカートの裾を気にしてゆっくりと歩いてきた。普段の隙のない足運びとは違う歩き方だ。

 

「あれー、いつも相手を見て話すキョウ君と目が合わないぞー?」


 先ほどまでの恥じらう様子はどこへやら、シュカが嬉しそうな笑顔で俺の顔を覗き込んだ。

 装いを変えた彼女を直視するとわずかに赤らんだ頬が見られてしまいそうで、俺はまた顔を逸らす。

 

「あれあれあれ! キョウ君と! 目が合わない!」


 ニコニコした笑顔のシュカから顔を逸らすために、俺はその場をグルグル回ってシュカとドッグファイトのようなことをした。

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