第41話テンション高めなお姫様
あれから、俺とヒビキは何度も魔法大学に通っていた。
別に強力な魔法を覚えたとかではない。そういうのは、もらった高ランクのスキルで事足りている。
当初説明されたように、俺たちは魔力の扱い方について学んでいた。
ヒビキは目に見えて魔法の威力が上がっていた。
その成長っぷりは大学の人も天才だと褒めるほどだった。
クッ、今思い出してもあの時のあいつのドヤ顔ムカつくぜ……! ドヤ顔すら様になってるのが本当に腹が立つ。
そんな彼女に負けないように、俺も扱いの上手くなった魔力を剣術に活かすために元天才騎士のソフィアに教えを受けるのだった。
魔法都市には研究者だけでなくその家族や彼らの生活を支える生産者が暮らしている。
そのため、生活する上で必要な設備も備わっている。ど真ん中にそびえ立つ大きな魔法大学がなければ、普通の街と対して変わらない。
この広場も、子どもや住民が軽い運動をするために作られたのだろう。
日本で言う公園のような場所に立っていると、時折吹いてくる風が頬を撫でる。
周囲に人はまばらだ。多少体を動かしても誰かとぶつかるようなことはないだろう。
俺の目の前には、見事な金髪を綺麗なポニーテールにしたソフィアがいた。
普段のふんわりとした髪型とは違う、活発なイメージだ。ちらりとのぞく首筋が白くて眩しい。服装も華美でお姫様らしいものではない動きやすい薄い布地のもの。ボディラインを目で追いそうになって慌てて目を逸らす。
「キョウさん。剣の道は一日にしてなりません」
「はい師匠!」
「いい返事ですね」
ふんふん、と満足気に頷くソフィア。可愛い。しかし残念ながら中身は男である。
その白くて細い手には木剣が握られている。
傍目に見れば、お転婆なお嬢様が慣れない剣を振ってカッコつけようとしているようにも見える。
けれど彼女は、並び立つ者がいないほどの剣士だ。
「長きにわたる剣の鍛錬の道に必要なのは、信念です。熱血です。気合です。気概です」
「は、はい師匠」
あれ、なんかソフィアが怖い。目の奥で何かがメラメラ燃えている。
お姫様をしていた頃のソフィアが見せなかった表情。
それは、おそらくかつて騎士だった彼女の顔だった。
「キョウさんにはそれらが備わっていることを私は確信しています。……カッコよかったですからね」
「……え?」
珍しく弱弱しい声だったので聞き取れなかった。
聞き返すが、ソフィアは説明せずに言葉をつづけた。
「コホン。だから、キョウさんに足りないのは経験と技術と知識だと私は考えました」
「え、それってつまり足りないのは全部じゃないか?」
「心さえあればどうにでもなります。信念は簡単には鍛えられませんからね。技術と知識は今から私が伝えます。経験はいずれ増えていくでしょう」
ソフィアが木剣をぶん、と振り上げて俺へと切っ先を向ける。
箸よりも重い物を持ったことをないように見える細腕。それに支えられている剣は、不思議と威圧感を感じた。
「キョウさん。あなたの剣術のスキルランクはBでしたね。常人であれば辿り着けない位階です。普通の敵であれば圧倒できるでしょう。しかし、魔王のような強敵と相対するにはその一つ上が必要です。魔力で剣を強化するのもその一端です」
ソフィアの言葉には、実体験に基づく重みがあった。
「魔力の制御を勉強したのですよね? 早速ですが剣を魔力で強化してみせください」
「おう。……こうか?」
体中を血液のように巡る魔力に意識を集中。手先からそれを放出するような意識で、剣に魔力を籠める。
「なるほど。制御は拙いですが修練の跡が見えますね。真面目に練習したのですね」
「……まあな」
勉強なんて、と思っていたがこれもハーレムのためだ。それに、命だって懸ってる。
「魔法とは違い剣に籠める魔力は感情の動きを直に反映します。冷静にいろと言っているのではありません。逆です。目の前の敵をこの一撃で倒すのだという気概を籠めて魔力を練ってください。自然と伝達される魔力量が増えるでしょう」
「へえ……魔法大学の教えとはちょっと違うな」
あちらはむしろ、理性で魔力を制御しろと教えていた。
「どちらが正しいという話ではなく、戦いの中で最適な使い方があるというだけです。魔法については大学の方がおっしゃるように使用するのが良いかと思われます」
「おう」
「では、魔力を籠めたまま素振りを何度か見せてください」
「わかった」
大きく両手を上げて、剣を振り下ろす。
ソフィアはそれを見ると、小さく頷いた。
「なるほど。スキルを使わないキョウさんはまだ勇者の身体能力任せの剣ですね」
ぶつぶつと呟くソフィア。
「いいですか、私の剣の振り方をよく見ていてください」
す、と木剣を振り上げたソフィアが、軽く素振りをする。相変わらず、見惚れるような剣だった。何者にも遮られないような太刀筋は、芸術的ですらあった。
「おお、さすが……」
「すぅ……ぜえ、ぜえ、はあ、はあ……」
「えっ、一回素振りしただけで疲れたのか!?」
ソフィアが肩を上下させながら息を乱している。ちらりと見えるうなじには透明な汗が伝っていた。
「わ、私はお姫様だったので剣を振る機会なんてなかったんですよ」
「いや、それでも流石に虚弱すぎるというか」
「私が、私が虚弱……! そ、そんな……」
何やらソフィアがガーンとショックを受けている。かつて強くなることを目指して頂まで登り詰めた彼女にとって、衝撃を受ける事実だったらしい。
「いや、その体なら仕方ないっていうか。その細い体見れば当然っていうか」
ソフィアの体は小さい。たしか同い年くらいだったはずだが、同じく女になったヒビキやシュカよりもさらに一回り小さく、細く見える。
「コホン……今は私の問題は後回しにしましょう。キョウさん。あなたの素振りと私の素振りのどこか違ったのか理解できましたか?」
「まあ、違うところはたくさんあったけど。ソフィアの剣はやっぱり綺麗だなと思ったよ」
「き、綺麗ですか? ……それはなんだかむずがゆい言葉ですね」
ソフィアはちょっと顔を逸らすとなぜか顔を赤くした。真っ白に肌に朱が刺すとよく目立つ。
「なんで照れてんだよ天才騎士様兼お姫様……褒められ慣れてるだろ」
「と、とにかく! キョウさんはひとまず私の振りを手本としてみてください」
「ああ、それならなんとかなるかも。綺麗だったからよく目に残ってる」
「へ!? そ、そうですか。それなら大丈夫ですね……」
ソフィアの照れる顔が可愛くて、つい余計なことを言ってしまった。
彼女は無理やり話題を切り替えると、何やら早口で語り始めた。
「そ、それでは、ゴールを設定したところでさっそく実際の技術的な話に入りましょうか。私のはオーソドックスなフレーゲル剣術ですが、キョウさんも基礎はできているのでこのままフレーゲル剣術を修めれば問題ないでしょう。まず注目するべきは腕の使い方です。キョウさんは動作の全部に力を籠めすぎなので余分な力を抜いてその分インパクトの瞬間の集中力を――」
「いや早い早い! 何言ってるか分からないって」
「分からなくて結構です。今からキョウさんの体が嫌でも覚えますから」
「それなんかエロいな」
俺の最後の不適切発言はソフィアに見事にスルーされた。元男なのに下ネタとかあんまり好きじゃないタイプ? 変だな。男と仲良くなる時はだいたい有効なんだけど。
それから、俺とソフィアのマンツーマンの秘密レッスンが始まった。
……そう言うとやっぱりエロいな。
太陽が傾き、オレンジ色の光があたりを包み込んだ夕方。広場にいた他の人ももう家に帰った頃だろうか。
俺は、汗だらけでその場に立ち尽くしていた。ソフィアの指導の元で、俺はもう一生分の素振りをした気がする。
「はあ……ソフィア、見た目に反してスパルタだな……」
どこまでやれば限界なのか見えているようですらあった。倒れ込みそうになる直前に言い渡される休憩。それが終われば、ソフィアに力の籠め方など細かく指示を受けて素振りをする。
終わる頃には、俺は箸すら持てないんじゃないかというほど疲労困憊になっていた。
「キョウさんのためですから、当然です。あなたは魔神を倒して世界を救うのでしょう?」
「おう! それでハーレムを作る!」
「ふふ、ブレない芯があるのはいいことです。その夢を胸に抱け続ければ、いずれ努力も苦にはならなくなるはずです」
「そ、そうか……?」
できれば楽してハーレムしたいけど。
しかし、澄んだ瞳で俺を見つめてくるソフィアの手前そんなことは言えなかった。
「そう、キョウさんはこのままやれば問題なく強くなれると思います。――だから、その邪悪な魔剣は不要だと思いますよ」
「……」
ソフィアの目が見たこともないほど冷たい光を灯していることに気づいて驚く。
彼女が見つめるのは俺の腰に下がった傲慢の魔剣だ。なんだか不思議な縁を感じて、俺はこいつを肌身離さず持っていた。
剣に対して、彼女は冷たい視線を向けていた。
「騎士として、剣を見る目については人並み以上に自信があります。その上で言いますが、キョウさんの魔剣はいずれ持ち主を破滅させる類のものです」
「まあ、鑑定したらそんな風に書いてあったな」
傲慢の魔剣。使い手をことごとく発狂させて死に至らしめた800年前から存在する魔剣。しかし俺は、不思議とコイツに対して恐ろしさを感じたことはあまりなかった。
「でも俺はなぜだか分からないけどずっと大丈夫だったんだ。今まで三回この剣を抜いたけど、精神汚染なんて感じたことがないんだ」
「それは良かったです。きっとキョウさんの身体的特性やスキルが上手く嚙み合ったのでしょう。けれど魔剣というものは、持ち主を食らい尽くすことを常に考えている狡猾なもの。キョウさん、あなたはたとえどんなピンチに陥ろうとも、魔剣に対して何も差し出してはなりませんよ」
「……」
ソウルドミネーターと戦った時、傲慢の魔剣は俺に「魂を差し出せ」と言った。あれは、俺を食らいつくそうとする魔剣の策略だったのだろうか。
ソフィアがソウルドミネーターを倒さなければ、俺はあのまま魔剣に力を与えていただろう。
「力があれば人は縋り、頼りたくなるもの。魔剣も同じです。己の力ではなく道具の力で逆境を切り抜けようとした時、人は道具に食われます」
ソフィアは続けて何か言おうとしたが、一度口を閉じると少し言葉を考えてからまた口を開いた。
「私がキョウさんに何かを強制するのもおかしな話なので、これ以上は言いません。けれども、魔剣は危険なものであることはよく覚えておいてくださいね」
それだけ言って、ソフィアは今日のトレーニングを終了にした。
「……お前、ソフィアに随分嫌われてんな」
一人になると、夕方の風が嫌に寒かった。
鞘に収まった傲慢の魔剣をそっと撫でる。言葉を話す剣は、今は何も語ることはなかった。
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