第38話魔法都市へ
眼下に広がるのは、堂々たる街並みだった。
魔法都市シーゲル。王国内でもトップクラスに大きな都市であるここが、俺たちの目的地だ。
シュカがずっと歩いていた疲れを取るように伸びをした。
「ふう、ようやく着いたね。いやあ、長かった!」
「ああ、誰かさんがソフィアに殴りかかったせいで余計に時間がかかったな」
「……」
「おい、こっち向けよ脳筋。お前反省してないだろ」
俺の言葉に、シュカは下手くそな口笛を吹いてそっぽを向いた。
結局、ソフィアの攻撃で気絶したシュカが起きるのと騎士の力を使って歩けなくなったソフィアが回復するのを待つのに半日ほど使ってしまった。なんという無駄な時間だっただろうか。
すべてこの戦闘バカのせいである。
「お前ら、イチャついてないでさっさと行くぞ。まだ時間を無駄にする気か」
「あれ、嫉妬?」
「……」
ヒビキはついにシュカの軽口を無視し始めた。だんだんこのやかましい獣人の扱い方が分かってきたらしい。
「ソフィア、魔法都市ってどんなところなんだ?」
この世界について一番知っているのはソフィアだろう。そう思って彼女に聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「魔法都市シーゲルは王国の中でももっとも魔法研究の進んだ場所ですね。魔法大学や研究所が密集していて、学者や魔法使いが多く住んでいます」
「へえ、あれか。頭の良い奴がいっぱい集まってるってことか。なんだか肩身が狭そうだな」
「わかるー。僕は魔法の適正なんてゼロだから、行ってもなかなかすることないかもなあ」
俺とシュカが不満の声を上げる。インテリの街なんて本能で生きている俺たちには合わない。
そう、もっと酒! 暴力! 女! っていう方がいい。……いや、それはそれで引くかも。
「シーゲルの周辺は魔物の出没が多くて冒険者ギルドも活発に活動しているそうです。私たちの名前を上げるためにもこの街に来る意味はあると思いますよ。……そういえば、皆さんは今までどんな名前で活動をなさっていたのですか?」
「名前?」
「冒険者パーティーの皆さんは自分たちで名乗る名前があるのではないですか? 『青色のにわとり』のように」
「なんだ、その弱そうなパーティーは……」
勇ましいパーティーがそんな名前だったら脱力ものだろう。しかしソフィアの顔には冗談を言ったような気配はなかった。もしかして、彼女は微妙にセンスがズレているのだろうか。
「シュカはSランク冒険者だったんだろ? そういうのなかったのか?」
「いや、僕はずっと一人でやってたからね。獣拳王っていうのも他の人が名付けてくれたものだし」
「一人でSランク冒険者になったのですか? それは凄いですね」
ソフィアが称賛を口にする。それに対して、シュカはちょっと微妙な顔をした。
「僕にも強さの底が見えないソフィアに言われると微妙な気分なんだけど……」
シュカは未だに道中でソフィアに瞬殺されたことを根に持っているらしい。
「そんなシュカも身分証明が不可能になったからボクたちと同じB級冒険者だけどな」
「そうなんだよねー。地位にそんなにこだわりはなかったけど、でも肩書きがないと面倒ごとが多いね。たとえばあれ」
シュカが前方を指さす。そこには、都市の外壁の前で検問を待つ列があった。
「あそこに入る平民はみんなあそこを通るはずだからね。随分待たされると思うよ?」
「ああ、王都に入る時も検問あったな。Sランク冒険者なら待たないってことか?」
「高位冒険者は身分が保証されているようなものだからね。貴族用の列が早めに入れるはず」
シュカが指さしたのは、馬車の並ぶ列だ。並んでいる人間はかなり少ない。
「いえ、あちらの列で問題ないでしょう。私についてきてください」
ソフィアは自信満々に言うと、貴族用の列の方へと向かっていった。
「騎士様、お勤めご苦労様です。私はソフィア。この国の姫です」
「…………は?」
呆けた顔でソフィアの顔をじっと見つめる見張りの騎士。しかし、ソフィアの顔が尋常ではない気品を漂わせていることに気づいたようだ。少し視線をうろうろと迷わせると、やがて他の人間を呼びに行った。
「今の騎士様、少し判断が遅いですね。騎士たるもの迅速果断に行動しなければ。私は師にそう教わりました」
「いや、自国の姫様がいきなり目の前に出てきたら誰でも困惑すると思うぞ」
わりと優しいソフィアは、騎士に対しては妙に厳しかった。
騎士ゴルドーは模範的な騎士だったと言う。騎士の在り方についてはこだわりがあるのだろう。
「ほ、本物のソフィア様……!? し、失礼致しました! ただちに来賓の準備を致しますので、待合室でお待ちください!」
「お気遣い有難く存じます。しかしながら、来賓としての扱いは結構です。私は現在、冒険者パーティーの一人として行動しておりますので」
「そ、ソフィア様が冒険者ですか……!? しかし、それは……」
「2年前、私がゴルドーと共に魔王ソウルドミネーターを討伐したことをお忘れですか? 聖女として、聖魔法については誰よりも覚えがあります。お気遣いは無用です」
「そ、そう言われると貴女様に救われた一人の王国民としては何も言えないのですが……」
騎士が困ったように言いよどむ。
「お騒がせ致しました。迅速な対応、感謝申し上げます」
ソフィアはほんの少し頭を下げると、堂々たる足取りで外壁の奥、魔法都市の中へと歩いて行った。俺たちはそれに慌ててついていく。騎士たちは、胸に手を当てる敬礼でソフィアの姿を見送っていた。
「驚いたな。ソフィアってあんな風に堂々と話すんだな」
ソフィアがお姫様として振舞っているところは初めて見た。
「ええ。この前言ったことをお忘れですか? 私は守られるだけのお姫様ではありません。少しでもキョウさんたちのお役に立てるのなら、この身分すら利用してみせましょう」
ソフィアがいたずらっぽい笑みを浮かべる。王都にいた頃には見たことのない彼女の表情に、一瞬見惚れてしまう。お淑やかな子が自分にだけ見せてくれた表情のよう錯覚して、心臓が大きく跳ねる。
ヒビキは、その様子を見て少しだけ表情を暗くしていた。
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